第139話 新たな波乱の予兆
◆
「エルちゃん、おでん美味しかった?」
「んみゅ! おいちかったの♡」
「そかそか♡ 本当エルちゃんは可愛えなぁ♡ エルちゃんお姉さんの養子にならないか?」
「んぅ? ようし?」
「くふふ......冗談やで♪」
今日はあたいが幼少の頃から世話になってる恩人の中田のおっちゃんの代わりにここの屋台を切り盛りしている。中田のおっちゃんはぎっくり腰で店に立てないと言う事で、急遽私がお店を手伝っているのだ。あたいは義理と人情を大切にする極道やからな♪
元は普通の女だったのだけど、東と西の大抗争で親父が死んでから代行として組を任され、気付けばいつの間にかあたいが正式に神楽坂組の2代目として組を受け継ぐ事になってしまった。
「じゅーちゅ♪ ごくごく〜♪」
「エルちゃん、ジュースは逃げへんから落ち着いて飲まんと♪」
「あ、こぼれちゃったの......」
「ほらぁ〜お姉さんが拭き拭きしてあげるで待っとき」
本当は子供が大好きで、将来の夢は保育士になるんだと勉強もして資格を取ったと言うのに......まさか東日本最大勢力の極道組織【
「んん〜」
「拭き拭き♪」
これ以上極道の世界で出世何てしたくないのに、本家の連中は、あたいを天狼会の本家若頭に就任させるだとかそんな話しが上がってるそうなのだ。あたしの憧れる普通の生活が段々と遠のいて行く......下の者に組を任せたいと話しをした事もあるが、満場一致であたしが組長に適任だと言うの......本当に馬鹿で忠誠心が厚い連中だよ。
「んん〜ボク、じぶんでフキフキできゆ!」
「遠慮せんでええんやで? あ、エルちゃん〜お口にお味噌付いてるぞ♡」
「くすぐったいの!」
「ぺろり♡」
「んみゃあ!?」
「あははは♪」
こんな穏やかな気持ちになったのはいつ以来やろか......極道の世界に身を置いてから、むさ苦しい野郎共達と危ない橋を渡る日々。しかし、今日は癒しが全く無い日常に一筋の光が差した! エルちゃんが純粋過ぎて眩しい......まるでエルちゃんの背後に神々しい後光が差しているようだ。
「んみゅ? あやめねーたん? どうちたの?」
「何でも無いぞ〜エルちゃんはこの後どうするんだ?」
「こーばんにいって、これわたすの!」
「ん? 100円玉?」
「んみゅ! おちてたの! これとどけたら、おつかいにいくの!」
「おお! そうなのかぁ! エルちゃんは良い子やなぁ♪」
エルちゃんが1人でおつかい......大丈夫なのか? こんな可愛い子が1人で外歩いてたら誘拐されへんやろか? いや、絶対にされるに違い無い! むしろあたいがエルちゃんをお持ち帰りしたいくらいだよ!
「エルちゃん、お姉さんが一緒に付いて行こうか?」
「だいじょーぶ! ちとりでいけゆもん!」
「ええぇ......本当に大丈夫か?」
「んみゅ! これもあるもん!」
「ん? これは......おもちゃかな?」
「でんせちゅのつえ!」
これって......どうみても幼児向けのおもちゃだよな? まさかこのおもちゃの杖で戦うのか? ぷっ......何だか微笑ましいな♪ 本当何なん? この子全てが可愛いやんけ! このあたいにこんな気持ちを抱かせるとは......エルちゃんはホンマ恐ろしい子やでぇ。
「それは魔法少女みくるちゃんのおもちゃですな」
「あら? 鮫島、あんたこのおもちゃ知ってるのかい?」
「はい、うちの娘も大好き何ですよ。こないだおもちゃをおねだりされたもんで♪」
「あぁ、鮫島の娘さんもエルちゃんと同い歳くらいだったな」
「エルお嬢ちゃんも可愛いですが、うちの娘も可愛いですぜ♡」
「うわ、顔キモ......ホントお前は親バカだよな」
「姐さんも早くお相手見付けて結婚しては?」
「うっせぇよ! ばーか! ばーか! 死ね!」
「姐さんたら......やれやれ」
あたいはまだピッチピチの28歳。まだ猶予はある......筈。決して行き遅れでは無い! それに28年間、一度も性行為もした事も無いから、ちゃんと純潔は守っている。あたいが股を開く時は、結婚する相手のみと決めているんや♪ 理想を少し語るなら、結婚相手はあたいよりも強い奴が良いな♪ 逞しくて男気や任侠と言う物を分かってる奴が良い。身体も筋肉質で家庭的......後は子供好きとかやな。
―――やべ、何だか涙出て来たわ。
「姐さん!?」
「あやめねーたん? どちたの?」
「何でも無い。目に少し埃が入ったわ」
「んぅ? よちよち♡」
「え、エルちゃん......♡」
あかん。誰かあたしを殺してくれぇ!!!! 本当にエルちゃんはやばい! こんなに可愛い子と私今まで出会った事が無いぞ!? あたしの脈数が上がってる......ここまで心を掻き乱されたのは初めてかもしれん。
「ふぅ......落ち着け。落ち着くんや......深呼吸やで」
話しは脱線してしまったけど、エルちゃんの持ってるこのおもちゃ値段高そうやな。素材が何かよう分からへんけど、素人のあたいから見てもこれは良く出来てるわ。
「あやめねーたん! みてて!」
「おう! 魔法少女に変身するんか?」
「ひっさちゅ! いんふぃにーと......ぶらすと!」
彩芽は咄嗟に鮫島に目配せをして、それを察した鮫島は地面に盛大に倒れ込むのであった。
「ぎゃああああああああああああああぁぁぁ!!!」
「はわわ!? さめじまたん!」
「ぐふっ♡」
あぁ、鮫島の奴エルちゃんにトドメの一撃を最後に喰らったか。エルちゃんよ......舌っ足らずの言葉で【さめじまたん】と言うのは破壊力マジえぐいから!
「あうっ......ひからないの」
エルちゃんはおもちゃの杖に付いてるボタンを何度も押すが、杖は事切れたかのように音を鳴らす事は無かった。
「ぐすんっ......こわれちゃったの?」
「エルちゃん、お姉さんに少し見せてみ」
あぁ......なるほどな。おもちゃの電池が切れただけやな。普通ならこのボタンを押せば恐らく光るんやろうけど、電池が切れてはどうしようもあらへんな。
「ううっ......」
「よしよし♪ どうやら単三電池が必要のようやな。鮫島、大至急コンビニ行って買って来てくれ」
「へい! お任せくだせえ!」
―――――――――
「おー! そっか、エルちゃんの将来の夢は冒険者なのか! かっこええなぁ!」
「しょうなの! おかねたくしゃんかせぐの!」
「凄いなぁ〜その歳で夢があるのは素晴らしい事だぞ〜」
鮫島が単三電池を買いに行ってる間にあたしはエルちゃんと沢山お喋りをしていた。可愛いくて思わずニヤニヤが止まらねぇ! エルちゃんの声も美声で聞いていて癒される様な声をしてるもんだから、油断をすると理性を失いそうになる。
エルちゃんを膝の上に乗せて色々な話しを聞いているのだが、エルちゃんの髪の毛からフローラルな物凄く良い香りがして来て思わず鼻と口をエルちゃんの頭に埋めてしまっていた。
「エルちゃん、良かったらお姉さんを弟子にしてくれるかぁ?」
「んみゅ! しょうがないなぁ〜えへへ♡」
「あ、ああああああああぁぁぁ♡♡♡♡♡♡♡♡」
「んみゃ!?」
「スリスリ♡」
ホンマ堪らんへんわ♡ 神とか天使は信じて無いけど、あたい今日本物の天使に出会ったかもしれん♡ 沢山遊んであげたいな♡
「姐さん戻りやした〜って! 何してるんすか!」
「鮫島ぁ〜あたいこの子欲しい♡ 10億くらいでこの子養子に譲って貰えないやろか」
「何アホな事言うとるんすか......って、え? 姐さん目がマジ」
金で手に入る物は全て手に入れて来たけど、エルちゃんはいくらお金を積んでも手に入れる事が出来ないのは分かってる。だけど、あたいこの子が欲しい! 一人っ子だったから妹や弟が欲しかったんだ!
「姐さん、目を覚まして下さい。単三電池買って来ましたよ」
「おう、ありがとな。エルちゃん〜♡」
「姐さん......あぁ、駄目だこりゃ」
さてと、電池を入れ替えて動くかどうか試してみよう。エルちゃんの悲しむ姿は見たくないからな。エルちゃんの笑顔がもっとみたい!
「よし、エルちゃんボタン押してみ〜」
「えい! う、うごいたの! あやめねーたんしゅごいの!」
「ふふ〜ん♪ あたいこう見えて実は魔法使い何だ♪」
「ふぇ!? しょうなの!?」
「嘘ぴょーん♪ あたいは普通のお姉さんだよ〜」
「むむ!? うしょつきは......えっと、あれなの!」
「ふふ♡ ぐふふ♡♡♡」
あたいの小さなお師匠さんは本当に素直で純粋♡ だけど、これではっきりした。エルちゃんを1人でおつかいに行かす訳には行かないな。あたいが陰ながらサポートしてあげよう。
「エルちゃん、ちょっとごめんなぁ〜デザートもあるから食べてきな♪」
「ふわぁあああ♡ あやめねーたん! あいあと!」
「どう致しまして♪ ここで座ってゆっくり食べてなぁ♪」
彩芽はエルちゃんがデザートを食べてる間に少し離れて鮫島の元へと近づいた。
「姐さん、見られてますぜ」
「あぁ......分かってる。数が多いな」
恐らくエルちゃんを狙っているな。向こうの自動販売機の横に隠れてる黒づくめの女2人組。恐らくあれはマフィアだろうな。黒づくめの2人組の片割れの方から物凄い殺気の様な何かを感じる。あれは只者では無いね......マフィアの幹部クラスかもしれない。それに至る所から視線を沢山感じる。
「鮫島、神楽坂組の若頭補佐を全員呼べ。それと下の者にも招集をかけろ」
「へい! 了解です!」
「エルちゃんを神楽坂組の名に掛けて全力で護衛しろ。指一本も触れさせるなよ」
エルちゃんは日本人と少しかけ離れた容姿だ。きっと海外から来たのだろう。恐らく何かしらの言えない事情があるに違い無い。
「てか、あいつらは......婦警の瑠璃奈と魅音か!? まじかよ」
「警視庁の異名持ち......【ヤクザ狩りの瑠璃奈と魅音】は極道界隈でも有名ですな」
「あいつらが動いてると言う事は、この一件裏でとんでも無い事が起こってるのかもしれんな」
あの双子の婦警はマジでえげつない。優しそうで穏やかそうな顔をしてる癖にやる事がヤクザの事務所に釘バットを持ってカチコミしたり、ヤクザを地獄の様な拷問に掛けると言われるドス黒い連中だぜ。
うちの組員から実際に聞いた話しやけど、3日間椅子に縛られて目の前にカツ丼やラーメンが運ばれて来ても匂いを嗅がせるだけで食わせないと言う悪魔の所業を何食わぬ顔でするサイコパスだ。
「エルちゃんはあたいの娘同然だ。それを心得えな」
「へい! 姐さん、警察に根回しは?」
「あたいがやっておこう。鮫島、店は他の者に任せる」
これも何かの縁......エルちゃんに忍び寄る危険はあたしが全て排除してやろう。エルちゃんには気付かれぬ様に陰ながら守るんや!
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