第110話 世知辛い世の中
◆
一ノ瀬家の周辺に2人の男性とショートヘアの女性が怪しげな格好でうろついていた。
「お兄ちゃん、私はもう覚悟を決めてるよ」
「兄貴、俺も腹は括ってる」
「お前達......こういう汚れ仕事は俺一人で十分だ。今ならまだ間に合う。引き返せ」
「お兄ちゃん!」
「そうだ、俺や
「達也......紗奈......」
本当に情けない気持ちでいっぱいだよ。最終手段が泥棒と言う犯罪行為に手を染めようとしているとはな......
「ううっ......すまねぇ。本当に不甲斐ない兄でごめんよ」
中学3年の弟の
俺達の父さんや母さんはもう居ない。父さんは俺達が中学生の頃に亡くなった。それ以降は母さんと俺でアルバイトをして4人で何とか生計を立てて居たのだが、女手1つで俺達を育ててくれた母さんは、半年前に過労で帰らぬ人になってしまった。
俺は高校を中退して日雇いの現場仕事を必死に頑張ったが、ついには僅かな貯金も底を尽き、弟や妹の学費も払えなくなり家賃も滞納して家を追い出されてしまったのだ。
それ以降堤防の橋の下でホームレスとなり、炊き出しやアルミ缶やゴミを集めて僅かなお金を稼ぐ日々......だけど、その暮らしにはもう限界だった。
「世の中は本当に不公平だよな......暖かいご飯や暖かいお布団で寝れる事が当たり前では無いのに」
「生活保護も受けれないし......私達はもう詰んでるよ。まだ働けるだろと言われても仕事が無いのに! 家が無いと言うだけで取り合ってもくれない......もう自分の身体を売るしか無いよ......」
「紗奈......それはやめてくれ。いくら貧しくても自分をもっと大切にしてくれ」
「お兄ちゃん......」
本当にどうしようも無い愚かな兄でごめんよ......学も無いし高校も中退してしまい働ける場所も無い。現場仕事も不景気のせいで人員整理と言う名目でクビ......日雇いの仕事を探すだけでも大変だ。頼れる親戚もおらず最早詰んでいる状態。
「達也、紗奈......やっぱりここの家に入るのは俺一人だけで十分だ。家の中から金目の物を取ってくるから、それを持って遠くの場所で暮らせ。心配無いさ、こんだけの豪邸だ......お金になる物が沢山あるに違い無い」
弟や妹の手だけは汚させたくない。汚れるのは俺の手だけで十分だ。
「お兄ちゃん!」
「兄貴、野暮な事は言わないでくれ」
それに今の日本は本当に糞だ。物価ばかり上がるのに増税やらで、俺達みたいな弱者は搾取され続け、上級国民ばかりが優遇される始末。政府も不祥事ばかりで、もう信用も出来ない。結局自分達の身は自分達で守るしかないのだ。
クソッ......! せめて弟や妹だけでも真っ当に暮らして欲しいものだ。しかし、このままホームレスを続けても飢え死ぬか寒さで凍えて死ぬかのどちらかだ。
今年の冬はもう乗り切れる自信が無い。そう思うとまだ刑務所に入った方がマシな気がする。だから、俺達は人生を掛けて最後の賭けに出るのだ。
「お兄ちゃん......」
「あぁ......言わずとも分かるぞ」
ここらの家で1番大きな家を標的にしたのだが、この一ノ瀬家とやらは、相当な資産家か何かなのか? もしかして、親が大手会社の社長とか?
「ひぇえ......庭に池があるぞ」
「うわっ......支柱が大理石で出来てる......」
ううっ......やべ。何かもう帰りたくなって来た......いざ泥棒をしてやろうと思っても心の中にある貧相な罪悪感に後ろ髪を引かれる様な思いになってしまう。
「良し、裏口から侵入しよう。もう俺達はやるしか無い......もう食べる物もお金も無いからな」
「や、やろう!」
「おうよ!」
一ノ瀬家......恐ろしいな。庭だけで500坪以上は広さあるのではなかろうか? 俺達とは住む世界がまるで違う......
「お、兄貴! 窓が空いてるぜ!」
「お、これは運が良いな」
「私はここで周りを見張っておくね」
「あぁ、ではここは紗奈に任せて、俺達は家の中へと入ろう」
そして、俺と達也は一ノ瀬家の建物へと侵入をした。俺達が入った部屋は、どうやらお風呂と洗面所の場所のようだ。
「あ、兄貴......めっちゃ良い匂いがする」
「そ、そうだな。何か女性の良い匂いがするな」
思わず俺と達也は深呼吸をしてしまった。ここの空気は素晴らしい。何だかここの空気を吸えば吸う程健康になれそうな気がする。
「達也、匂いを嗅ぎたい気持ちは分かるが、そろそろ次に行くぞ。ここに金目の物は無い」
「そうだね、金目の物があるとしたら......恐らく寝室辺りとか?」
「ふむ、分からない。虱潰しに部屋を見て行こう」
廊下に出ると真っ白な壁と美しい磨きの掛かった床が俺達を出迎えた。廊下だけで30mはありそうなくらいに大きい。
「人が居る気配は無いな。良し、行くぞ」
「あ、兄貴! 何か前方からこちらに飛んで来るぞ!?」
「な、何だあれは!?」
前方から沢山の羽音を鳴らしながら何かが近付いて来る。目を凝らして良く見てみると......
「うわっ!? デカイゴキブリだ!」
「何でこんなに居るんだよ!?」
「洗面所に避難するぞ!」
達也と俺はゴキブリから逃れる為に一旦洗面所へと逃げ扉を閉めた。
「あ、兄貴! 扉の隙間からムカデが沢山出て来た!」
「な!? どうなってるんだこの家は!?」
しかも、近年に稀に見ないようなサイズの大きさのムカデだ。めっちゃデカイ! あんなのに噛まれたらひとたまりもないぞ!?
「達也! 一旦外へ逃げるぞ!」
急いで洗面所の窓から外へ逃げようとすると今度は窓の鉄格子の付近にとんでもないサイズの蜘蛛が待ち構えていたのだ!
「はぁ!? こ、こいつは......もしかして」
「図鑑で見た事がある......タランチュラだよ!」
この家はどうなってるんだ!? 何でタランチュラ何か居るんだよ! ここ魔界か!?
「うわ!? 目が! 目がぁぁぁぁ!」
「兄貴!? このクソ蜘蛛が!」
辛うじて窓の外へ出られたのは良いが、タランチュラの糸で視界が遮られてしまった。これでは洗面所から侵入する事は無理だな。
「お兄ちゃん! 大丈夫!?」
「あぁ、今そっちに......おお!?」
「うわっ!? 何でこんな所に穴があるんだ!?」
痛てぇ......最悪だ。転んだと同時に足を挫いてしまったかもしれない。
「ん? 今度は何だ? 雨......?」
「違う! これは鳥の糞だ!」
「きゃああああ!?」
汚ねえ! 鳥の糞の豪雨だ! 頭上に沢山の鳥が飛んでいる。ここは普通の家とは何か違う......やばい。
「にゃおおお!!」
「ごろにゃーご!」
ふわっ......!? 今度は猫の集団かよ! クソ! せめて達也と紗奈だけは守らなくちゃ!
「達也、紗奈は逃げるんだ!」
「お、お兄ちゃん......もう手遅れだよ」
「兄貴......失敗だよ」
あぁ......住人が帰って来てしまった。俺は落とし穴で足を挫いてもう動けないし......紗奈と達也は戦意喪失している。
俺達は終わりだ......
「え!? 誰!? お姉ちゃん不審者が居るよ!」
「ええ!? エルちゃんや葵ちゃんは下がって!」
美人なお姉さん達だなぁ......ここは男として潔く捕まろう。達也や紗奈も覚悟を決めているだろうしな。
「申し訳ございませんでした!」
「ごめんなさい!」
「すみませんでした!」
俺が頭を下げて土下座をし始めると弟や妹もそれに続くように頭を下げた。
「えっと......貴方達は一体」
―――俺はお姉さん達に自分達の状況や泥棒に入ろうとした事を素直に話しました。
◆
「事情は分かったわ。でもね、いくら貧しくても犯罪に手を染めたら駄目よ? 確かに貴方達の境遇には同情はするけども......」
「はい、犯罪だと言うのは分かっております。でも、まだ刑務所の方が3食付きで屋根がある場所で眠れると思って......」
「お兄ちゃん......ぐすんっ......」
下着泥棒に続いて、今度は金銭目的の泥棒......困ったわね。しかも、この子達まだ未成年だよ。家族も居らず3人でホームレスをしてたそうで、食べる物無くもう生きて行けないと踏んで泥棒をしようと我が家に入った......と。
「んぅ? らいじょうぶ?」
「え?」
「エルちゃん......」
泣いている妹さん......紗奈さんの頭をエルちゃんが優しく撫で撫でしています。紗奈さんは目を大きく見開いてから、また更に泣いてしまいました。
「ごめんなさい......ごめ"ん"な"じゃ"い"......ううっ」
「ありがとう......お嬢ちゃんは優しいなぁ」
正直この問題は私の手には負えないわね。葵ちゃんも考えるように先程から黙りとしてるし。でも、この子達も悪い子では無いと言うのは話してると良く分かります。
「海斗さん、達也さん、紗奈ちゃん......顔を上げて。まずはお風呂に入って汚れを落としておいで。家のお風呂貸してあげるから」
「え、良いのですか?」
「ええ、お風呂に入って冷静になっておいで。葵ちゃん、良いよね?」
「うん、良いよ......でも、後でお説教だけどね」
悪意のある人達なら即警察に通報するけど、この子達は根は素直な子達です。しかも、未成年とまだ若いし人生いくらでもやり直せる。たった一度の悪事に手を染めて人生を棒に振るのはとても悲しい事です。
「おなかしゅいてるの?」
「恥ずかしい事に......3日間ろくに食べてないんだ」
「ふぇ!? ぼくのおかちあげゆ!」
「ありがとう。お嬢ちゃんは優しくて良い子だな。お気持ちだけ受け取っておくな」
何だか胸がホッとしますね。エルちゃんは人の痛みが分かる優しくて良い子です♪ さて、こんな所で話すのもあれなので家に入りましょう。
「お姉ちゃん、キララさんにこの件相談してみよう」
「なるほどね、確かにあの方なら何か良いアドバイスをくれるかもね」
「ちょっと電話して見るね」
この件が無事に解決出来たら良いのだけどね......私達はキララさんに相談してみる事に決めました。
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