第92話 夢を追う者

 




 ◆歌手に夢見る女子大生・南原静音なんばらしずね





「はぁ......やっぱり、私には才能が無いのかな」


 プロの歌手を目指して、高校生の頃から路上ライブを続けて気が付けば5年の月日が経っていた。アルバイトをいくつか掛け持ちしながら、ソロでライブ活動をして来たけど、誰も私の歌を聞いてくれる人が居ない。容姿も優れている訳では無い、歌も下手くそなのは分かってるけど、それでも人並ならぬ努力をして来たつもりだ。


「今日の晩御飯はモヤシかな......お母さんの薬代も稼がないと行けないし妹の食費や学費も......」


 私は母子家庭で育ち、病気の母親と妹の3人で現在暮らしている。妹はまだ中学生で、母親も働ける身体では無いので、一家の大黒柱は私だ。本当は音楽の大学も辞めて、夢も捨てて就職をしようと考えて居たけど、お母さんが【私のせいで夢を捨てて欲しくない。貴方は自分の夢を追い掛けなさい】と応援してくれたのだ。大学のお金もお母さんが若い頃に貯めたお金を全部切り崩して費用に当ててくれて......妹もお姉ちゃんの夢を応援する!と言ってくれては居るけど現実はそう甘くはない。私達の生活はかなり困窮している。明日食べるご飯をどうしようか悩む程に貧乏だ。


「妹にひもじい思いをさせて、夢を追い掛ける姉はどうなんだ」


 人気歌手になって、沢山お金を稼いでお母さんや妹に楽をさせてあげたい。妹は本当に良い子で、自分のわがまま何て一度も言った事も無いし、5日連続パンの耳ともやし炒めでも笑顔で美味しいと食べてくれる。本当なら、もっと欲しい物や我儘を沢山言うお年頃の筈なのに......情けない姉のせいで妹にまで迷惑を......そう思うと涙が止まらないです。


「今日の稼ぎは40円かぁ......」


 帽子の中のチップを見ると40円だけ入っておりました。0で無かっただけ、まだマシな方ですが酷い時はゴミが入れられる時もあって、心が折れそうになる時も何度もありました。


「よし」


 今日の深夜から早朝までコンビニのシフトが入っています。その後は、定食屋でのアルバイトもある。時間も有限だ。今、私に出来る事をするしかない。しかし、どうすれば歌手になれるのだろう......そのプロセスが全く見えない。まるで暗闇の中をずっと走り続けているような感覚だ。


「あぁ〜♪ アイラブユーforever〜♪」


 目を瞑って歌おう。そうすれば自分の世界へとのめり込める。どうせ、私の歌何て誰も聴いては居ないだろう......


「突き進め〜て〜行くの♪」


 今月は妹の誕生日......お姉ちゃんとして、妹が欲しい物をプレゼントしてあげたい。歌を歌ってる時でも、私の思考は他事ばかり考えてしまう。こう言うのが行けないのかもしれない......生きて行く上でお金は絶対に必要だ。夢を追い掛けるにも、家庭内の経済基盤が磐石で無いと夢も追えない。


「ふぅ......」


 やがて歌を歌い終えた後も静かに私は目を閉じていた。目を開けても誰も聴いてくれる人が居ない......いつもの事だけど、結構精神的にキツイものがある。


「おおっ! しゅごいの!」

「え?」


 何故か幼女の声が聞こえる。幻聴か? でも、何故だろう......何処まで暗い道の果てに、一筋の暖かな光が差しているように見えた。私はゆっくりと目を開ける。するとそこには......


「うふふ......お上手ですね♪」

「うんうん♪」


 なっ......!? 私の目の前に何と3人も観客が居るでは無いか! 金髪のエルフのコスプレをした可愛い幼い子と美人なお姉さんが2人......同性の私でも思わず見蕩れてしまう程に綺麗だ。


「あ、聴いて下さりありがとうございましゅっ......!?」


 あ、あかん。思わず噛んでしまった......だって仕方無いじゃん! 観客何て今まで居なかったのだから......


「うぅっ......うわああああんんんっ......!!!」

「ふぇ......!? どうちたの!?」

「あ、あの大丈夫ですか!?」

「何処か具合が悪いのですか!?」




 ―――――――――――――――




「すみません......突然取り乱してしまい」

「大丈夫ですよ。事情は分かりました」

「静音さんは素敵なお人ですね♪ 病気の母親や妹の為に毎日頑張って、更に自分の夢を追い掛けているのですもの。尊敬します」


 普段人に自分の事を話す事は無いのに......見ず知らずのお姉さん達に思わず色々と話してしまった。この美少女三姉妹の方達は一ノ瀬さんと言うそうです。愛瑠ちゃん、葵さん、楓さんと優しくて素敵な女性達だ。


「おうた、おじょうずなの!」

「うふふ......愛瑠ちゃん。ありがとうございます」


 お世辞でもそう言って貰えると物凄く嬉しいです。今までの私の苦労は決して無駄では無かったのです。


「静音さん、私は貴方のファン一号になります」

「楓さん......」

「確かに静音さんの夢は辛く険しい道のりだと思います。上手く行かなくて辛く悔しい思いをしたり、恥ずかしい思いをしたり、どうして良いか分からなくなる程の壁にぶち当たる事が沢山あると思います。ですが、それは仕方の無い事です。それが静音さんが追い掛けてるなのだから......歌手になれる可能性が1パーセント......それ以下だとしても0ではありません。なので、真剣に諦めずに取り組む事が一番大切では無いでしょうか?」

「楓お姉ちゃんが......珍しくまともな事を言っている!?」

「ちょっと葵ちゃん! 良い所で締めくくろうと思ったのに〜」

「ふふっ......楓さん、ありがとうございます」


 そうだ。私が追い掛けてるのは大きな夢だ。私はまだまだ頑張れる! いつしか、東京の武道館貸し切って満席にしてライブをする。私が小学生の頃にテレビで見たあのかっこいい姿......何が何でも絶対に叶えて見せるのだから!


「ちょっと......!? 楓お姉ちゃん!?」

「良いのよ......私は宵越しの銭は持たない主義なの!」

「こ、こんな大金......楓さん、流石に受け取れませんよ!」

「これは今日のライブ代よ。良き歌を聞かせて貰いました♪ このお金で妹さんの誕生日プレゼントと家族みんなで美味しいご飯を食べて下さい」


 私は思わず声が出ませんでした......帽子の中には、9万8600円が入れられていました。楓さんがお財布の中にあるお金を全部入れて下さったのです! こんなに人に優しくして貰ったのは家族以外初めての経験だ......涙が次から次へと溢れ出て来て、もう前がまともに見えなくなるほど......視界がぐちゃぐちゃです。


「あ"り"か"と"う"......こ"さ"い"ま"しゅ"......」


 今まで堪えてた物が全て涙と共に溢れ出る様だった。この年齢にもなって3人の前で号泣してしまった。


「あらあら、これは出世払いになりそうですね〜静音さん♪ これをどうぞ♪」

「ぐすんっ......葵さん、ありがとうございます」


 葵さんから綺麗なハンカチを頂きました。これは今度洗濯をしてお返しをしなくてはなりませんね。


「ん〜買い物帰りに素晴らしいライブが見れるとは、私も運が良いなぁ♪ 静音さん、こちらは私からのチップです」

「ええええぇっ......!? お金は沢山受け取りましたよ!?」


 何と葵さんが財布の中から、10万円を取り出して私の帽子の中に入れてくれたのだ! いくら何でも、これは流石に貰い過ぎです!


「静音さん、これは出世払いにしておきますね♡ そのハンカチも夢が叶った時にお返し下さい。それまで静音さんにそのハンカチを預けておきます」

「葵さん......はい、必ず私は夢を叶えて見せます! そして、東京の武道館を満席にして、葵さん達を特等席で招待します! その時に必ずや倍返しにして、この御恩はお返し致します!」

「その日が来るのを楽しみに待っていますね♪」

「はい! 頑張ります!」


 もう後には引けない......私は前へ突き進むだけだ!


「ボクもこれあげりゅの!」

「え、貰っちゃって良いのかな?」

「んみゅ!」

「愛瑠ちゃん、ありがとね♪」


 何と愛瑠ちゃんが、熊さんの財布の中から5円玉を取り出して私にくれたのです! この5円は私の御守りの中に入れて大事に身に付けて居よう。落ち込んでいる暇は無い......まだまだ私は頑張れるのだから!






 ―――――――――





「ああぁ......!?」

「どうしたのお姉ちゃん?」

「静音さんに財布の中のお金全部あげちゃったから、帰りの電車賃が払えないの!」

「全くもう......お姉ちゃんはおっちょこちょいなんだから、私が払うからお金は気にしなくても良いよ」

「葵ちゃん......ありがとう♡ むぎゅ♡」

「もう、こんな所でくっつかないでよ! やれやれ、仕方の無いお姉ちゃんだね......」


 でも、そんなお姉ちゃんが私は大好きです♡ 

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