@osakanauray

綺麗な瓶があった


夜のやさしい街並みと蓮の花 それから金の駱駝の模様のついた セトモノの瓶


瓶はひとからひとへとわたってゆくけれど


みんながとても大切に扱うから 傷や汚れはひとつもない


瓶には蓋がついているが あけて中身を見たものは ただのひとりもいない


瓶の模様を気に入って 中身は誰も見ようとしないし 見たがらない


あるとき女の元に瓶がわたった


女は瓶を気に入って 部屋で一番明るい窓に飾った


金細工の駱駝が 秋の日差しの傾きで 一日中光輝いていた


女は幸せだった


ある寒い夜 女は瓶の中身が気になって 誰も触れたことのなかった木の蓋を ゆっくり回してとうとう外してしまった


夜が一滴零れた


瓶の中は夜を溶かした水で満たされていた


女はその暗やみに そっと耳をすました


世界中の誰も知らない音が聞こえた


女はそれでますます幸せだった


それから毎晩女は寝ずに 瓶の口を自分の耳で塞いで この世の秘密の音を聞いた


瓶が来てから二度目の秋を迎える頃 なみなみ満たされていた夜の水は もう半分より少なくなっていた


女はそれに気付いていたが それでも女は幸せだと思った


ある月のない夜 瓶は女の手からするりと抜けて 窓の外へと落ちてしまった


女は落ちてゆく瓶から零れた夜が 街に溶けていくのを見た


夜の雫で猫が死んだのを見た 夜の雫で消えた信号を見た 夜の雫で首を落とした牡丹を見た 


女は瓶が割れた音を聞いた


女は窓際に座って 静かにそれを聞いていた


女は割れた瓶を見なかった


女はそのとき 自分が幸せでなかったことを知った

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