あるいはそれは、愛
「ドラゴンだ」
そしてキコリはアイアースの問いに、迷いなくそう答えた。
そこに一瞬の迷いもなく、だからこそアイアースは小さな違和感を感じる。その違和感を、決してアイアースは放置しない。
「何か違ぇな」
「ちょっとアイアース」
「黙ってろオルフェ。お前だって感じてんだろ、違和感をよ」
「それは……」
「なら黙ってろ。そして見てろ。キコリ、答えろ。お前は元人間だ。そうだな?」
「ああ。でも、もう元人間……の辺りは薄ぼんやりしてるんだ」
また失った。オルフェはそれに気付く。人間だったことすら、キコリは忘れつつある。どうしてそこまで、キコリが失わなければならないのか?
「……覚えてるのは、オルフェと、妖精関連くらいだ。それ以外は……思い出すのに時間がかかる。思い出せないものも……」
「そうか。それで?」
「違う何かが入ってきてる。たぶん、ゼルベクトの記憶の欠片だ」
なんとも厄介なことだとアイアースは溜息をつく。他の誰かの……それもゼルベクトの記憶が自分の中にあるなど、正直厄介以外の何物でもない。
「人格は記憶が作る」とはよくいったものだが、記憶を失っていったキコリはそれに合わせて人格が少しずつ変わっていった……それはオルフェから聞いていたことだ。
そしてキコリの中には今、欠片であろうとゼルベクトの記憶が追加されている。それはキコリの人格がある程度そちらに引っ張られるということでもある。
勿論、キコリがドラゴンである以上はエゴに反する行動はしない。キコリのエゴを思えば、世界を破壊するなどという行動に出る可能性は非常に低い。そういう点では安心なのだが……。
「ま、状況は分かった」
「そうなのか? 俺は全然分かんないんだが」
「そりゃそうだろうよ。ところでキコリ。快復祝いに人間の町でも1つぶっ壊すか?」
「いや、俺はそういうのはやらないよ……それに、そういうのはモンスターの平和のためにもどうかと思うぞ」
キコリの返答にオルフェは絶句しアイアースは軽く息を吐く。人間のために止めるのでもなく、モンスターのことを想った。それは人間とドラゴンの間にいたキコリが完全にドラゴン側に立ち、その上で「人間の記憶を失いドラゴンとしての記憶しか保持していない」証拠でもある、ようにも見える。
「……なるほどな」
「アンタ、本当に全部忘れちゃったの?」
「いくつかは覚えてる。たとえば、アリアさんのこととか」
「……そっか」
「今更会えないけどな。それに……今の俺の現状を知って、それでも会いに行けば喜んでくれるとは思うけど」
「けど?」
「会って、俺の期待がただの独りよがりの妄想でしかなかったら。拒絶されて、化け物と石を投げられでもしたら。俺は、それが怖い」
「キコリ……」
「アリアさんは、俺の希望だったから」
それに対して、オルフェは何も言えない。そんなことはない、と言ってあげられたらいいのだろう。けれど、それはあまりにも無責任な誤魔化しだ。責任もとれないのに、そんなことを言っていいはずがない。
もし、何も考えずにそんなことを言って、何かがあったら。そのときにキコリはどうなってしまうのか?
だからオルフェは大きくなった身体のまま、キコリをぎゅっと抱きしめる。
「……あたしがいるわ」
「そうだな。オルフェがいる。俺は、それでいいんだ」
それは依存かもしれない。それは、逃避であり……誤魔化しであるかもしれない。
けれど。そうしてはいけないと何処の法が何の権限をもって定めたというのだろう。
それが真なるものでないと、美しくないものだと何処の誰がそんな傲慢を吐いたというのだろう。
誰かのために失い続けるキコリと、そんなキコリの側に寄り添うオルフェの、その姿。
あるいはそれは、愛と呼ぶものであるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます