『楽園』のデスペリア
「こ、れは……」
そこは、まるで楽園のようであった。
暖かな日差しと、何処までも続くような青空。浮かんでいる雲はゆっくりと流れ、風は暖かく気持ちがいい。
揺れる草はさわさわと音を鳴らし、少し離れた場所には綺麗で可愛らしい花畑もある。
別の方向に目を向ければ、浅い小川と水の溢れ出る湧き水の岩もあり、木にはみずみずしいリンゴがたっぷりと生っている。
美しい。美しく、優しくて、穏やかで。身体と魂に「此処は楽園だ」という意識が溢れ、満たされていくかのようだった。
このまま草の上に寝転んでしまえば、そのまま寝てしまいそうな……そんな予感すらある。
そして、それでいいのではないかという気持ちがアイアースの中に浮かんでくる。
此処は楽園だ。此処で少し休んだところで、どこから文句が出るだろうか?
そう、休んでいい。全ての不安も焦燥も全て一端置いて、まずは休んでしまえばいい。
そうして身体と心を休めてから始めても、何も問題はないはずだ。
だから。そう、だから今。
「おい『楽園』。俺様は今そんなことしてる場合じゃねえんだよ」
それでも、アイアースはその誘惑を振り切る。得られたはずの安らぎ全てを踏みつけて、アイアースはこの場所の主に呼びかける。
「そう、また忘れかけてたのを思い出したぞ。デスペリア……『楽園』のデスペリア。忘れさせようとしても無駄だ。俺様にはお前と話をしなきゃならねえ理由があるんだ。出てこい、手間をかけさせるんじゃねえ」
アイアースの言葉に応えるように、楽園に少し強い風が吹いて。1人の男の姿が現れる。
長く白い長髪を風に揺らし、全身真っ白の細身の男。
キッチリとした白い詰襟を着込み、装飾のほぼないその服は、僅かに使った金糸のみが装飾であるようだ。
それでも充分目立つはずなのだが、不思議と印象に残らない、そんな不可思議さがある。
そんな男は目を閉じていて……けれど、その視線は確かにアイアースを見ていた。
こうして目の前にしてもいるのかいないのかよく分からないその白い男は、確かに『楽園』のデスペリア……ドラゴンのうちの1体であり、同時にほぼ全てのドラゴンが思い出しながら忘れている……自分の存在を隠蔽し続けているドラゴンだった。
「『海嘯』のアイアース。わざわざ『守護』のユグトレイルの力を使ってまで此処に来るとは。何か御用ですか?」
「御用だから来てるって言ってんだろうがよ」
「そうですか……しかし私は貴方に話はありません。聞く気もありません。お引き取り願えますか?」
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