お前の価値観

「クソくらえだ」


 アイアースは、そう一言で切って捨てる。


「アイアース。君は」

「いいかシャルシャーン。耳クソが数万年単位で詰まったその耳でよく聞きやがれ。俺様のエゴは『生き残りたい』だ。お前の言う責任とやらは俺様のエゴと対極なんだよ。それを竜神は許可した。俺様にドラゴンであれと言った。死にたいなら1人で死ねシャルシャーン。俺様は何処までも生きるぞ」


 そう、アイアースは……「海嘯のアイアース」はそういうドラゴンだ。海を揺蕩うだけだったクラゲが生きたいと願い、その才能故にそれが叶った。海を制し水を制し、その能力全てを生き残るために使っている。

 そんなアイアースにとって、これは非常に珍しい行動だ。此処でシャルシャーン相手に論戦など仕掛けたところで何の意味もない。アイアースただ1人だけの話であったならば「ああそうかい」で済ませていたはずの。けれど、それは。


「お前の価値観をキコリに押し付けてんじゃねえぞ、シャルシャーン。あいつは俺様に似てる。だが俺様より大分立派で、俺様より数段歪んでる。好かれたいだけの、愛されたいだけの奴がこんな場所まで来ちまったんだ」


 シャルシャーンは、それに軽く肩をすくめるだけで。その態度が、どうしようもなくアイアースの癇にさわった。

 その怒り故に、抑えきれないアイアースの魔力が身体から溢れ出る。


「なあ、おい。ブチ殺されてえのか? 破壊神とやらが世界を壊す前に、お前と俺様の戦いで半分くらい焼いてみるか?」

「それは困るな。そうなると君を先に殺さないといけなくなるが……アイアース。君、毎回逃がしてもらってるからといってボクに勝てる目があるとでも?」

「シャルシャーン」


 今にも戦闘が始まりそうな空気の漂い始めたそこに、ドンドリウスの声が響く。ドンドリウスは椅子から立ち上がると、コツンコツンと靴音を立てながらアイアースの隣に立つ。


「聞くに堪えない。さっさと出ていきたまえ。私はアイアースのことは別に好きではないしどちらかというと嫌いだが」

「おい」

「しかし、今の君にはそれ以上に不快感がある。私とアイアース相手に君が戦うならば……流石に竜神も介入せざるを得まい。そういう戦いにしたいのか? 他ならぬ君のせいで?」


 ドンドリウスの目に敵意が宿っているのを見て、シャルシャーンは降参するように両手を上げる。それは確かに、シャルシャーンの本意ではない。

 ドンドリウスの言う通り、ドンドリウスがアイアース側で参戦するのならば泥仕合になる。それは今この瞬間も世界の修復に全力を注いでいる神々の手を煩わせる結果になるだろう。


「なるほど、ここはボクが引こう。だが言っておく……結果は変わらないよ。せめて、全てのドラゴンが力を合わせでもしない限りはね」


 そう言い残し、シャルシャーンの姿は消えて。そこにペッと唾を吐くアイアースの頭を、ドンドリウスがスパーンと引っ叩いていた。

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