黒鉄山脈の歌
とにかく、必要な情報は手に入れた。アサトは1か月ほど前に、この王都ガダントに現れた。
そして……今の動向は不明。つまりはそういうことだ。
「アサトは町中には居ない。たぶん英雄門の奥にも行っていない」
「分かるの?」
「ああ。英雄門の出入りはしっかり監視されている。あの壁を乗り越えていったとして、何処かで誰かの目につくはずだ。ということは、それもない」
ならば、アサトは何処に行ったのか? 町でもない、ダンジョンでもない。ならば、残る場所は?
キコリが指先を向けたのは……王都の奥。そびえる黒鉄山脈だ。
つまり、王都の中で最も大切な場所……鉱山だ。
「遥かな山、黒鉄山脈の坑道の香り……吟遊詩人の歌からしても、あの場所が鉱山であることは疑いようもないけど、それだけじゃないとアサトは考えたのかもしれない」
「それだけじゃないって……ドラゴンでもいると思ってたってこと?」
「かもな。想像が正しいなら、黒鉄山脈に余所者は行けないと思う。それは単純に安全性の問題かもだけど、アサトが疑って中に入った可能性もある」
そうなれば、目撃証言は出ないだろう。恐らくこっそり入っただろうし、それでアサトが掴まったならばパナシアが把握しているはずだ。
つまり……アサトは黒鉄山脈の何処かに居る。その確率がかなり高い。
だから、キコリたちは黒鉄山脈に向かって歩き出す。王都の一番奥にあるのだ……迷うはずもない。
だが、気付く。黒鉄山脈に近づくにしたがって、警備の兵士の数が増えている。
それだけではない。黒鉄山脈のすぐ近くには王城があり、鉱夫と思わしきドワーフたちは皆、その横を通って行っている。
そして何より……柵と門番がいる。普通であれば、此処を見つからずに通り抜けることは出来ないだろう。
だから、キコリはそのまま柵へと近づいていく。とにかく、まずは現状を確認しなければならない。
キコリが近づくたびに門番の視線が険しくなり、柵の前まで来れば凄まじい警戒心の混じった視線と共に武器を向けられる。
「そこで止まれ!」
「此処に何の用だ、普人!」
「こんにちは。お仕事お疲れさまです」
キコリはそう言いながら、笑みをその顔に貼り付ける。友好的な笑み。それはいつだって、警戒心を僅かではあるが和らげる。
「防衛都市ムスペリムで黒鉄山脈の歌を聞きまして、是非見てみたいと思ったんです。どうやったら見学できますか?」
「黒鉄山脈の歌だと……?」
「歌ってみろ」
言われて、キコリは迷わずそれを歌い出す。聞いたのはほんのちょっと前のことなのだ。リズムだって覚えている。
ツルハシの音響きゃ思い出す
遥かな山 黒鉄山脈の坑道の香り
鍛冶場の熱と煙の色よ 空まで煙りゃ服まで煤塗れ
煤払いの日に見えた空の青さは何処でも同じ
夢見て出てきたこの場所は 同じ空だと思えばこそ
そう歌えば、門番たちは「うーむ」と唸りだす。
「ヘタクソだ……才能がないな」
「ああ。素人のツルハシのほうがまだ良い音を響かせる」
ひどい言われようだとキコリは思うが、オルフェが視界の隅で微妙な顔をしているのが見えたので、本当に下手なのかもしれない。
「だがまあ、確かに黒鉄山脈の歌だ」
「ああ、確かだな」
「なら……」
「ちょっと待て。俺等の一存じゃ決められん」
それはつまり話は通してくれるということだろう。第一段階は成功だ。
「良かったわね、歌が下手なおかげで真実味が出たんじゃない?」
そう囁いてきたオルフェの言葉に、ちょっとだけ傷ついたけれども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます