吟遊詩人パナシア

 声をかけられ振り返った先。そこに立っていた姿に何となく記憶が刺激されて。

 少し悩んだ後、キコリは「あっ」と声をあげる。そうだ、この男は。


「前に会った吟遊詩人の人か」

「パナシアです。まあ、お会いしたのは結構前ではありましたが……」


 吟遊詩人パナシア。以前ニールゲンにいた頃に、森の中で会った吟遊詩人だ。

 アサトについての情報を教えてくれたのも、このパナシアだ。そう、記憶する限りでは随分とアサトについて調べているようだった。

 あのときはアサトのことなどほとんど関心は無かった。しかし、今はそうではない。知っている限りの情報をパナシアに吐いてもらいたいとキコリは考えている。

 しかし、そうであるならどうするのか? 答えは簡単だ。


「パナシアさん、お願いがある」


 真っ向勝負である。キコリは交渉とかそういうのは得意ではない。下手に搦め手を使おうとしても、言葉を商売道具にしているパナシアに敵うはずもないからだ。

 そしてキコリに真正面から頼みごとをされたパナシアは、驚きの表情を一瞬したものの、すぐに営業スマイルな笑顔になる。


「ええ、勿論ですとも。私に何が出来るか分かりませんが、これでも請われて芸を披露する身。お代さえ頂ければ最大限努力いたしましょう」

「あー……ああ。助かるよ」


 要は見合う代金を寄越せということなのだろうが、どうにも言い方が遠回し過ぎてキコリが理解するのに時間がかかってしまう。

 とにかく、代金を……ということであれば話が早い。人間社会のお金は使わなくなって随分経つが持ってきているし、それなりにはある。こういうときのために小分けにしていた袋を1つ掴み出し差し出すと、パナシアはそれを受け取り重さを確かめる。


「これはこれは。随分頂いてしまいましたね。ふむ……」


 パナシアは袋をサッとしまい込み「場所を変えましょうか」とキコリたちを手招きし歩き出す。

 何処に行くつもりか分からないが、そのままついていくと、パナシアは酒場の横の裏路地に入っていく。

 そのまま裏路地を進んで曲がると、そこは酒場の裏手のようだが……丁度建物の間に位置するせいで狭く閉じた空間になっており、人が居ない。そのせいか、物置にされているらしく空の樽や木箱が置いてあるのが見える。


「それで、私にお願いとは? 歌ってほしいものがあるというのであれば大歓迎ですが」

「いや、そっちじゃない。欲しい情報があるんだ」

「私に聞くということは……ああ、アサトの件ですか?」

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