「人間」としての社会経験の薄さ
夜のムスペリムは昼よりも酒の香りが強く漂っていた。どの酒場でもドワーフたちが酒を飲み、たっぷりの肉やつまみを齧る。
飲めや歌えや、とはよく言ったものだが……キコリたちが探しているのはその「歌」……吟遊詩人だ。
酒場がこれだけあれば吟遊詩人もいそうなものだが、外から見る限りでは吟遊詩人らしき声は聞こえない。
「……いないな」
「そうね。此処の連中、そういう文化がないんじゃないの?」
「そんなことないと思うけどな……おっ」
歩いていると、ようやく吟遊詩人らしき歌が聞こえてくる。その声を追うようにして酒場に入っていけば、ドワーフしかいないその酒場の奥でドワーフの吟遊詩人がリュートを手に歌っている。
ツルハシの音響きゃ思い出す
遥かな山 黒鉄山脈の坑道の香り
火事場の熱と煙の色よ 空まで煙りゃ服まで煤塗れ
煤払いの日に見えた空の青さは何処でも同じ
夢見て出てきたこの場所は 同じ空だと思えばこそ
望郷の歌だろうか、とキコリは思う。正直、キコリとしては黒鉄山脈とやらを含め分からない言葉ばかりなのであまり共感は出来ないのだが……聞いているドワーフたちには何か染み入るものがあるようだった。飛んでいるお金がそれを証明している。
さて、吟遊詩人は見つけたがどのタイミングで声をかけようか。そう考えていると、近くにいたドワーフが「ん?」と今ようやくキコリに気付いたというかのように声をあげる。
「普人と……モンスターか? こんなところで何してやがる」
「げっ、マジだ! モンスター連れ込んでやがる!」
「出てけ!」
騒ぎになりかけた上に、ドワーフの吟遊詩人も何やら出てけと叫んでいる。
どうやら全く話になりそうにはない。キコリはそう判断するとオルフェを連れて即座に酒場を出ていく。
飛んできたジョッキを弾くと、キコリたちは足早にその場を離れ溜息をつき歩き出す。
「これは……アサトが居ても分からないな」
「そうね。というか、居ないんじゃないの?」
「可能性は高いな」
普人に対する態度が刺々しすぎる。ハッキリ言って、どうしようもないレベルだ。
これだけ酷いと他の人種がいないのも納得出来るが……そうして歩いていくと、中央広場へと辿り着く。
薄暗いその場所にはあまり人気もなく、酔い潰れたドワーフを衛兵たちが起こしているのが見える。
酔っ払いは何処でも同じなのだろうか……そんなことをキコリが考えていると、1人の衛兵がキコリたちに気がついて走ってくる。
「お前たちは……英雄門担当から聞いた連中だな。こんなところで何をしてる?」
「吟遊詩人を探してるんだ。聞きたいことがあって」
「そうか。しかし無理だろうな。俺たちドワーフは酒が入ると気が荒くなる」
吟遊詩人も似たようなものだったがアレも酒を飲んでいたのだろうかとキコリは思うが、ひとまず黙って頷く。
「こんな荒くれ者しか居ない場所で何か頭を使うことをしようってのは無理な話だ。王都に行け、王都に。馬車は明日の朝に此処から出る」
「あ、ああ。ありがとう」
「礼を言う必要はない。仕事だ」
そう言って衛兵は元の場所に戻っていくが……確かに衛兵の言うことは正しい。
防衛都市に来るのは基本的に他に生きる術がない連中なのだから、荒くれ者が多いのは当たり前だ。
それに思い至らなかったのは、キコリの「人間」としての社会経験の薄さを物語っているのだろう。
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