優しいかもしれないが、強くはない

 そうしてミレイヌが出してきたのは、封蝋を施された1通の封書だった。

 すでにこれを見越して用意していた……と考えることも出来るが、キコリは1つの可能性に思い至っていた。


「もしかして、前から友好を結ぶタイミングを計ってたのか?」

「……」


 ミレイヌはそれには答えず、キコリに机の上の封書を指し示す。


「持っていけ。魔法の封蝋だ、多少乱暴に扱ったくらいでは外れはしない」

「そうか。助かるよ」

「デモンについてもその親書には記載している。相互理解の助けになるはずだ」


 なるほど、どうやれば誤解が少ないか……あるいは誤解を解けるか、ミレイヌなりにずっと考えていたのだろう。少し分厚い封書は、その証なのだろう。

 そう考えると、キコリは手に持った封書がズシリと重いような……そんな気すらしていた。

 この封書には、文字通り未来が詰まっているのだから。


「とはいえ、それを渡せば全てが解決するというわけでもない。まあ、役に立てば運がいい……といったところだな」


 ミレイヌ自身、そんな簡単なものだとは思っていない。「人間のミレイヌ」の記憶を持っているからこそ、人間がどれだけ面倒臭い生き物かも知っているからだ。


「それで? いつ出発するんだ」

「準備が出来次第だからまあ……2、3日以内には出発するよ」

「そうか。ドラゴンにこんなことを言うのもおかしいかもしれんが……気を付けて行ってくるといい」

「ああ、行ってくる」


 キコリがそう言い残して退室すると、その姿が屋敷の外に出ていったのをミレイヌは窓から見送って。キコリを玄関まで見送った執事アウルが戻ってくる。


「よろしかったのですか?」

「何がだ?」

「何が、とは。分かってるくせに。あんなものを出せば彼は確実にモンスター側だ。排斥されるとは思わなかったので?」

「排斥されるなら、そこまでの話だろう」


 ミレイヌは酷く冷たい目で、アウルへと振り返る。


「誤解するな。私は最大限の誠意を籠め、人間を刺激しないように文面に細心の注意を払い、万が一の誤解もないように内容を厳選した。これ以上ないくらいの私からの友好の意思があの手紙には込められている」

「フフフ! 誠意が通じるなら人間の国家はいがみ合ってないんですよね。彼等は存続の危機に際してなお団結できないゴミのような生き物です。ああ、可哀想に! 彼はきっとまた人間に絶望して帰ってくることでしょう! ……予想できなかったとは言わせませんよ?」

「これは賭けだ。人間と、モンスターが……強大な敵を前に手を取り合えるのか。彼に託すしか、ない。狭間にいる、彼にしか」


 ミレイヌの言葉に執事アウルは軽く肩を竦めてみせる。勝手にそんなものを託されるキコリのことを哀れに思ったのかもしれない。


「やめたほうがいいと思いますがねえ、背負わせるのは。彼は優しいかもしれないが、強くはない」

「……分かっている」


 それでも、託すしかない。その事実を……ミレイヌは、強く噛みしめていた。

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