凄く嫌な予感がするなあ

「人間の、匂い……? するのか?」

「俺様に聞くんじゃねえ」


 アイアースに当たり前すぎることを言われてしまうキコリだが、思い返せば妖精たちも「人間臭い」という言葉をよく使っていたので、もしかすると独特の匂いがあるのかもしれない。

 まあ、あったとしてキコリには分からないのだが……ルヴには分かるのかもしれない。

 そしてルヴの言葉通りに人間がいると仮定した場合、あの転生者のことも考えればかなり面倒な事態に発展する可能性がある。

 そういう意味では、あまり関わりたくないのだが、回避したとして回避しきれるものか?


「ルヴ。人数は分かるか?」

「1人ですね」

「凄く嫌な予感がするなあ……」


 全身で関わりたくないという態度を示すキコリに、ルヴが含み笑いを漏らす。


「クフフフッ。それで回避できるなら良いのですが……残念なことに、もうすぐそこに来ていますよ」

「え?」

「マジか?」


 キコリとアイアースが周囲を見回すが、誰もいるようには思えない。しかし、ルヴは確信しているようだった。


「どれだけ姿を消そうと、その人間臭さは隠せません。ほら、そこの屋根の上に!」


 言われて周囲の屋根を見ても、やはりいるようには見えない。だが……何もいないはずの場所から、声が聞こえてくる。


「やれやれ……隠形魔法には自信があったんだがな」

「うわ、本当にいたのか」


 そこに居たのは黒髪黒目の20代ほどの男だった。髪の色と同じく黒い服に身を包んでいる姿は、まさに黒ずくめだが……何か、不可思議な形の杖を両手に持っている。

 剣のそれにも似た柄に指をかける部分がついており、鍔らしき部分は片方だけ微妙に長い。

 しかし、肝心の刃が存在していないのだ。それだけで剣ではなく杖なのではないかと推測できる。

 推測できるが……あの男がアレをどう使うとしても、それは敵対の合図になるだろう。

 だからこそ、キコリはルヴの斧を油断なく構えながら男へ問いかける。


「お前は誰だ? なんで俺たちを隠れて見てた?」

「人に聞くときはまず自分からって教わらなかったか?」

「教わってないな。親からはほぼ居ない子扱いされてたんでな」

「うーわ、異世界でネグレクトとか萎えるわ。チッ」


 吐き捨てながら、男は杖のようなものを握った手をパタパタと振る。


「お前の不幸に免じて見逃してやるよ。さっさとどっか行け」

「そうか、助かるよ。どのみち長居はしない」

「おう、そうしろ。此処は俺の縄張りだからよ」


 行こう、とキコリが促して歩き出せば……ダアン、という凄まじい音が響いてキコリの後頭部に「何か」が命中した。

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