視線
それから更に数日が経過して「軍」の噂はフレインの街のあちこちで聞こえるようになっていた。
いわく、誰かが誘われたとか。誰かが勧誘にのって街を出て行ったらしいとか。
本当か嘘かも分からない噂も流れ始め、バードマンの衛兵たちが実態調査に乗り出していたが……特に噂が収束したという話も聞かない。
しかし一番意外なのはキコリたちにその類の勧誘が一切来なかった……というよりも出会わなかったことで、実は噂だけでそんなものは居ないのではないかと、キコリがそんなことを考えてしまうほどだった。
だから、キコリたちはいつも通りに過ごして……そんな日々を過ごす中、いつものようにデモン退治の依頼に出てきたキコリは、不可思議な視線を感じていた。
(……なんだ? 確かに視線を感じるのに)
そう、誰かに見られている気配はある。あるのだが……この見晴らしのいい草原には、キコリとデモンモンスター以外には誰もいないのだ。
気にはなるが、分からないものに気を割いている暇は今はない。
このエリアにいるデモンはミノタウロスのデモンなのだ。素手で鉄の鎧も引き裂くほどの力を持つモンスターのデモンの群れが此処に居るのであり、決して油断など出来るような相手ではない。
まだ遠くに居るので襲っては来ないが、もう少し踏み込めば彼等はキコリへと襲い掛かってくるだろう。そうなればもう、謎の視線を気にしている暇は一切なくなる。
とはいえ、戦いの最中に隙を見せて刺されたというのも、なんとも嫌な話だ。
だからキコリは自分の背後に振り向きながら、よく聞こえる声量で呼びかける。
「誰だか知らないけど、いるんだよな? 敵じゃないなら出てきてくれ」
キコリの声に、反応はない。まるで誰もいないかのようだ。お前の勘違いだというかのような、その静寂。それでも、キコリはもう1度呼びかける。
「俺は、あまり頭の良い戦い方が出来ないんだ。あくまで『居ない』ってことならそれでもいい。その代わり……吹き飛んでも文句言うなよ」
これで出てこないなら、もういい。グングニルを周囲に乱射して憂いを無くしたっていい。
キコリが本気でそう考え始めた、その時。
「……お待ちを。私は敵ではございません」
聞こえてきたのは、そんな声。ヌッと何もない場所に現れたのは黒装束で顔まで隠した……恐らくは男。人間の大人のような体格だが、顔も仮面で隠しているので人間かモンスターかもよく分からない。
「誰だ?」
「ハイゴブリンアサシンのイオと申します。ドラゴンよ、貴方を魔王軍に勧誘しに参りました」
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