一点の染みのように
軍。その言葉は2人と別れた後も、キコリの中をぐるぐると回っていた。
一体何処の誰が。そうは考えても、答えが出るはずもない。
一端考えを打ち切ると、市場を見回す。このフレインの街の市場に出回るものは全てフレインの街と同じエリアで生産されており、また何か起こったときにも問題ないように配慮されているのが分かる。
農場に牧場など、ゴブリンやコボルトのような戦闘にあまり向いていない種でも仕事を得て稼げるようにしている、正しく「街」なのだが……それを加工する店も無数にあり、それらの店の並ぶ商店街は今日も盛況だ。
「数種の木の実パン焼けたぞー! こいつは今限定だ、旨いのは保証……お、キコリ! どうだ買ってかねえか!?」
「ドラゴンなら肉だろ肉!? キコリ、牛のいいのが入ってるぜ!」
ドレイクたちを連れてきた件ですっかり有名になったのもあり、商店街を歩けばすっかり顔を覚えられているが、誰も彼もキコリに愛想良く声をかけてきてくれる。
街の中にチラホラといた人間はいつの間にかいなくなっていたが……最低限の物資を整えたら出て行ったらしい。
此処に居ると何が正しいか分からなくなる……と言い残していったらしいが、まあ人間の冒険者であれば当然ではあるだろう。ともあれ、彼等が無事に何処かに辿り着くのをキコリとしても祈るのみだ。
「じゃあ、とりあえずそのパンを……デカいな。なんでデカく焼くんだ?」
「そりゃお前。こういう変わり種は落ち着いて食うもんだからな、どっかで落ち着いて好きなだけ切って食うのが正しいってもんだろ」
「そう、か……?」
そんなことを言いながらも幾つかの食材を買い家へと帰れば、アイアースが眠そうな顔で2階から降りてくる。
「おー、いい匂いが近づいてくると思ったらパンか。焼きたてはすぐ食うに限るぜ。ほれ、寄越せ」
「いや、これから切るんだよ。ていうかドドも帰ってきてないし……オルフェは?」
「魔法講習とやらだろ? 妖精が他種族に魔法教えるとか、難しい計算するゴブリンみたいなもんだ。マジウケるぜ」
そう、町長の要請でオルフェは受講希望者相手に魔法の初歩などを教える魔法講習の講師役となっていた。
オルフェだけでなく他にも魔法を使えるモンスターは多いので交代制ではあるが、妖精……しかも妖精女王となれば魔法使いの中でも最上位に位置するため、相当人気であるらしい。ただ、オルフェがやりたがらないのでオルフェの講習日は「オルフェがやりたい日」という、とんでもない労働条件であるらしいのだが。
「……迎えに行った方がいいのか?」
「行きたいなら好きにすればいいけどよ」
パンをむしろうとするアイアースの手からパンをキコリがどけていると、大きくなったオルフェがドアを開け、中に入ってくる。
「お帰り、オルフェ」
「ただいま。はー、疲れた。人に教えるのとかあたし向いてないのよね」
即座に元の小さい姿に戻ったオルフェがふよふよと浮き始め……キコリの抱えているパンに近づくと、パクリとかじる。
「あっ」
「あー!」
「美味しいわね、これ。木の実が沢山入ってるのが最高だわ」
「お前よぉ! 俺様は待てって言われたのに!」
「知らないわよそんなの」
言い合いをしている2人にキコリが「まあ、放っておくか」と台所に向かっていけば、ドドの帰ってきた声が聞こえてくる。なんとも平和で、それ故に先程の話がキコリの中には一点の染みのように残っていた。
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