そこまで世界が優しくないっていうなら

 言いながらオルフェはドンドリウスに背を向けキコリにヒールをかけていく。

 正直ドンドリウスのことなど、敵ではなくなったというのならばどうでもいいのだ。

 そんなことよりも今はキコリだ。連続で無茶をしたせいで、身体がボロボロになっている。

 何度も治してきた身体ではあるが、キコリの身体の変化は今も続いている。あれだけの無茶を「出来てしまった」のが何よりの証拠だ。

 それでもキコリの望んだ道だ……オルフェも今更止めるつもりはない。


「1つ言うが、ソレが危険だという私の考えは変わっていない」

「まだ居たの? 帰れば?」

「いいから聞け。それはゼルベクトの転生体なのは間違いない。そしてそうである以上、いつか何処かで致命的な破壊を撒き散らす。心を寄せるのは勝手だが、一緒に死ぬことになるかもしれないぞ」


 それはドンドリウスの心からの善意……ドラゴンとしてのドンドリウスが他者のことを慮るのは非常に……非常に珍しいことであるのだが、やはり1度頭が冷えたというのも大きいのだろう。とはいえ、オルフェからしてみれば雑音に変わりはない。ないが……ヒールの手を止めないまま、オルフェは仕方なさそうに口を開く。


「何も知らない奴が偉そうに。こいつがこうして死にかける戦いはね、大抵の場合は『誰かのため』なのよ。それに相応しい報酬を得たことがあるとは、アタシは思わないけど」

「……」

「誰かのために人間をやめて。誰かのために人間から更に遠ざかって。誰かのために、色んなものを失くしていく。そんなこいつにアタシが寄り添うのをやめたら、こいつのことを誰が愛してやればいいの? 孤独に耐えきれなくて斧を握って、それでも孤独になっていくこいつを誰が癒してやれるっていうのよ」

「その事情を私が知らないのは事実だが、それでも」

「黙れクソドラゴン」


 傷は治した。もうしばらくすればキコリは起きるだろう。だからオルフェは、再びドンドリウスへと向き直る。いつでも攻撃できるように研ぎ澄ました魔力が、ゆらりと立ち昇って。


「アンタのせいでこいつはまた死にかけたのよ。同じドラゴンだってのに、どうのこうのと。同じ領域で生きてる奴にすら認めてもらえないなら、こいつは何処にいけばいいのよ。何処で何になればこいつの孤独は癒されるのよ? 致命的な破壊? そこまで世界が優しくないっていうなら、もうそうなってもいいんじゃないの?」

「……妖精女王。その考えは危険だ。君がその考えを持っていると、他の妖精すら影響されかねないだろう」

「それよ。その都合の良い耳よ。他を全部聞き飛ばしてんじゃねーわよ、このクズ」


 一言で言って、オルフェはブチ切れていた。ただでさえ我慢の出来ない妖精が更にリミッターを失えば、もう止まるはずもない。ない、のだが。


「オルフェ、もういい。たぶん俺のせいで喧嘩してるんだろ? だから、もういい」


 起き上がったキコリが、今度はオルフェを庇うように前に出た。 

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