1つの疑い

「死王、か」

「あー……名前については又聞きだけどシャルシャーンからは」

「あの胡散臭い奴のことはどうでもいい」


 アイアースが面白そうに吹き出していたが、ドンドリウスは気にした様子もない。

 ドンドリウスの瞳はただ1人、キコリにだけ向けられていた。

 それはキコリの奥底を覗くような、そんな感情の色を感じさせないもので。その目が細められると、ドンドリウスは机に置いた本の表紙をなぞる。

 今の名乗り以降、どうにもドンドリウスの態度が変わったように思えるのは……キコリの気のせい、だろうか?


「……それで? 何故此処に来た」

「モンスターの町で頼まれた。今後のモンスターの生存を図るための強固な町。それをドンドリウスなら作れると。彼等はそう信じているんだ。だから」

「力を貸せ、と?」

「ああ。ドンドリウスの目指すところとは違うかもしれないけれど俺は」

「何を企んでいる」

「えっ?」


 ドンドリウスは椅子に座ったまま、キコリを静かに睨みつけてくる。

 アイアースがいつでも攻撃できるように僅かに体勢を低くして……オルフェとドドも警戒したような様子を見せる。


「迂遠な物言いは嫌いだ。故に簡潔に言おう。キコリ、私は君に1つの疑いを抱いている」

「疑い? 俺が何をしたっていうんだ」

「君がゼルベクトかもしれないからだ」

「!?」

「正確に言おう。君はゼルベクトの転生体なのではないか? 神々が魂の形を整え、無害化を試みた結果なのではないか? 私はそれを疑っている」

「意味が分からない! 何故俺が、そんな……!」

「死王。その称号から私が想像するのはゼルベクトだ。あの破壊神は、その名に相応しいことをした。そして、あの破壊神以外にその称号に相応しい者は居ない……故に、私はこう考える。シャルシャーンはその称号をつけることで、事情を知る者に警告をしたのではないかとな」


 言ってみれば、神々の何らかの思惑を否定するシャルシャーンの抵抗。当然、そこにはそれらしき理屈で誤魔化す工程も入っていたはずだとドンドリウスは考える。


「ゼルベクトの魂を加工し、結果的に世界の守護者へと導く。面白い企みなのかもしれない。しかし私は許容しない。世界はもう悲鳴をあげている……不確定要素など、もう必要ないのだ」

「俺は、そんなのじゃない! もう失くしたけど、俺には前世の記憶があったんだ!」


 そう、もう思い出せないけれどキコリには前世の記憶があった。だからこそ馴染めなかった。

 だからこそ両親とも上手くやれなかった。愛されなかった。悪魔憑きだと疑われた。

 たとえ上手く使えなかった断片的なものだったとしても、それは。


「それはどうかな。私はこう思うぞ。君はその善良そうな器の中で、本性を隠している。荒々しく、破壊を何処までも許容する……世界に破壊と死をバラまく、その本性を」


 床から、衛兵モドキが無数に生えてくる。濃厚な殺気を纏ったそれらは、静かに武器を構えつつあった。

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