遥かなる伝説の時代3

 当然だが、ミレイヌはそんなことになるとは思っていなかった。

 無論、ミレイヌが単純に頭の良い愚か者であったと言ってしまえばそこまでだが、そうだとしても此処までの事態になるなど、想像出来るはずもなかった。

 そしてこれも当然のことだが……ミレイヌはこんなものは望んでいなかった。

 致命的な事態は「こんなはずではなかった」から始まる事例もあると知ってはいても、それでもミレイヌは思うのだ。


「こんなはずではなかった……! 何故だ! ゼルベクト……貴様、私を騙したのか!」


 屋敷の中で暴れ回ったミレイヌは、これから起こるだろうことを明確に想像してしまう。

 謎のハイゴブリンは他のゴブリンやモンスターたちを従え、情報では更に進化しているともいう。

 有り得ない話だ。そもそも、ハイゴブリンなどというものですら可能性だけで議論されるような存在だった。あまりにも、あまりにも進化が早すぎる。そしてゴブリンにしては賢すぎる。

 何よりも……見知らぬ道具をも使っているという話だった。だが、ミレイヌは知っている。泡のように消えてしまった知識の中で、僅かに「それ」のことを覚えている。それは、その道具は。


「スリング……! 間違いない。あの異界の知識にもあった投石具……! 確かに構造は簡単だったがゴブリンが思いつくものではない。つまり、そのゴブリンは……!」


 転生してきた異世界の人間。それも、ゼルベクトが何らかの手段で引き込んだのだろう。

 それも、よりにもよってゴブリンにだ。

 下手に知識のある人間が知らない世界でゴブリンなどに転生すれば、当然生きようともがくはず。

 その中で当然のように人間の敵になって、凄まじい進化の果てに人間の領域を侵している。

 しかし、しかしだ。何故そこで戦う道を選ぶというのか?

 知識があって理性があれば、モンスター社会でも生きていけるはず。

 一体何があったというのか? それとも単純にその転生ゴブリンが暴力を好む人間だったのか?

 

「分からん。分からんが……止めなければならない」


 この事態を招いたのはミレイヌだ。その転生ゴブリンを殺し、新しい武器も破壊しなければならない。それで元に戻るとは思えないが、ゼルベクトの企みを邪魔することくらいは出来るだろう。


「舐めるなよ、ゼルベクト……! 今すぐその転生ゴブリンを大魔法で……吹っ飛ば、して……」


 言いかけたミレイヌは、フラリとよろける。今、何か。おかしな、ことが。


「あれ……? 此処、何処? 私、確か……うっ!」


 再びよろけたミレイヌは、自身に起こったソレを正確に把握する。


「なんだ、これは……私の中に魂がもう1つある!? ぐうう、なんという! 私を消し去りそうなコレは、一体……まさか、これは。ゼ、ゼルベクトオオオオ……私の中に異界の魂を入れたな!? なんという恐ろしいことを! そうか、私の身体を使っていた時に、こんな仕込みを……!」


 規格外の魂を現地の身体に入れることにより起こる憑依現象。

 この世界で知られる悪魔憑きや悪霊憑きとは違う、完全なる肉体の乗っ取り。

 世界初の「憑依転生」とでも呼ぶべき現象を利用した攻撃に、ミレイヌは晒されていたのだ。

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