遥かなる伝説の時代2

 ゼルベクト。そう名乗った「人間の少年」を怪しむ理由はミレイヌには充分すぎた。

 こんな怪しい奴を疑うなというほうが無理だ。しかし、しかしだ。

 指を鳴らすと同時に雪崩れるようにして現れた無数の本は、その全てがミレイヌの知らない知識だった。

 そして、そのゼルベクトの提示する知識は、あまりにも魅力的に過ぎた。

 此処ではない異世界の存在。その知識。全く法則の違う道具に魔法、それらが無限の星の煌きの数ほどに存在するという事実。


「ハ、ハハッ……なんだこれは。空間魔法? こっちは即死魔法、なんだこれは。スキルに職業? 人生が天命により決まると? あ、あはは……ハハハハハ!」


 提供される無数の知識は断片的で、刺激的で……背徳的で。しかし、それが出鱈目ではないとミレイヌには分かってしまう。断片的であるからこそ、分かるのだ。これらはミレイヌの常識では分からない「本物」であると。

 ああ、分かる。分かってしまったのだ。ミレイヌの知る世界は、無数の世界の1つでしかないのだと。

 ならば、それならば。無数の世界の知識をこの世界に纏め、もたらすことで……世界は飛躍的に進歩するのではないだろうか?


「気に入ってもらえたかい?」

「ああ、ああ! しかしお前は何者なのだ!? こんなもの……! 一体、お前は……!?」

「僕は導く者さ。この世界には問題があり過ぎる。それを綺麗に解決したいんだよ」


 確かに、これだけの知識があれば様々な問題が解決できるかもしれない。

 しかし、しかしだ。この夢の世界の知識をどうやって持って帰れば?


「君も知覚している通り、これは夢だ。持って帰ることはできない。現実にどの程度記憶していけるかも分からないしね」

「……それは」


 確かに。この知識が目覚めと共に泡となって消えるのは、あまりにも悔しいとミレイヌは思ってしまう。しかし、どうすれば?

 焦りすら覚えるミレイヌに、ゼルベクトは囁く。


「……問題ない。異界の知識を持つ人間を引き込めばいいのさ」

「引き込む? 何を訳の分からないことを。あ、いや。待て。まさか」

「そうさ。転生の仕組みを、君は知っただろう?」


 転生。異なる異界から、その異界の知識を持ったまま生まれてくる、魂の漂白不全。あるいは、規格違いの魂の精錬不全。そうして現れた彼等は、その世界に変革をもたらす。その「歴史」の断片をも、ミレイヌは知った。しかし、そんなもの。どうせよというのか?


「難しい話じゃあない。ミレイヌ、僕に6日だけ君の身体を貸しておくれ。そうすれば、次に君が目覚めた時には……世界は変革されているだろう」

「変革されたら、どうなる」

「もうこの世界の神にも止められない。世界は突き進んでいくしかなくなるんだ」


 それは、常識で考えれば断るべきものだ。

 しかし、しかしだ。ゼルベクトの提示した知識は、あまりにも魅力的に過ぎた。

 それがこの世界にもたらされるという誘惑に、ミレイヌは勝てなかったのだ。

 ……しかして、約束通りに6日で世界は変革された。始まりは異常に頭の良いゴブリンの進化体率いるモンスターたちに、人間の1つの村が滅ぼされたという知らせ。

 その僅か2日後……5日目に、調査に出た冒険者が無惨に殺され身包みを剥がれた。

 ミレイヌが目覚めた7日目。初確認のゴブリン進化体「ハイゴブリン」率いるモンスターたちが、1つの町に夜襲をかけ制圧。

 人間とモンスターの大きな争いが、もはや不可避のところまで発展していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る