たった1人の人間の過ち

「すまない、意味が分からない」

 

 キコリは素直にそう問いかける。

 ゴーストや悪魔は生物の身体を奪う。それは知っている。

 しかし、死体はあの場にあったのだ。此処でミレイヌがあの死体の格好をしている理由にはなりはしないのだ。


「難しい話ではない。私はあの愚か者の身体を奪った。そしてそれは魂以外、記憶を含む全てを奪うことを意味する」


 そう、魂だけは奪えない。ゴーストだって魂ではなく本人の残滓が力を得たものであったり、自然発生したものであったりする。どんな邪悪な者の魂であろうと輪廻の偉大なる流れに乗り漂白され生まれ変わる。

 だからゴーストは肉体を奪う際に魂を観察し、その全てを自分の物にするのだ。記憶、本人すら意識しない癖、好き嫌いまで本人の魂から情報を写し取る。

 そうして「乗っ取られた人間」は出来上がる。本人の魂をその場に残すか追い出すかはゴーストによるが、ミレイヌの場合は少しばかり事情が違った。


「あの愚か者は死にたがっていた。そのどうしようもない愚かさ故にだ」


 だからミレイヌは本人の魂を追い出して死なせてやった。

 そうして、その肉体を捨て「乗っ取った相手」の姿を映したままのゴーストとなり……現在に至っている。


「今では私もレイスロードに達したが、それがどうしたという話ではある。長い時間をかけようと、私にはその程度の才能しかなかった」

「才能……」


 その言葉は、キコリに刺さるものだ。キコリも「才能がない」と散々言われ続けてきたのだから。

 しかし、そんなキコリをミレイヌはギロリと睨みつける。嫉妬すら感じる、キコリにとってはあまり受けた覚えのない感情だ。


「ドラゴン、か。究極生命体にして竜神のいとし子たち。まさか2人同時に会うとは思っていなかったが」

「へっ、羨ましいか?」

「おいアイアース」

「ああ羨ましいとも。それだけの力が私にあればと思わざるを得ない」

「諦めな。資格が無ければドラゴンには一生なれねえ。お前がどれほどの大天才で努力家だろうとな。そういうものでは届かねえ領域ってもんがある」


 才能では届かない。

 努力では届かない。

 渇望では届かない。

 外法でも届かない。

 ドラゴンに達する方法はただ1つ、資格のみ。そしてミレイヌには、資格がなかった。

 アイアースには……キコリには、資格があった。ただそれだけの話だとアイアースは語る。


「しかしまあ、ドラゴンの力を欲する奴には特徴がある。それは、その力で何かをしてぇ奴ってことだ」


 そう、ミレイヌはドラゴンになりたかったのだ。その力が欲しかったと自ら語っている。


「俺様たちをわざわざ招待した理由もその辺に絡むんだろう?」

「……その通りだ」

「ならさっさと言え。長い話は嫌いなんだ」


 止めるのは無理だろう。キコリにフルフルと首を横に振ってみせるオルフェにキコリは頷き溜息をついて。ミレイヌは、アイアースへと視線をゆっくりと向ける。


「この世界は狙われている……いや、狙われ続けている。そしてそれは、たった1人の人間の過ちから始まったのだ」

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