この屋敷の主人

 悪魔の言語『圧縮構文』。それは言葉通り、1つの発音に無数の意味を籠めるものだ。

 悪魔が発明し使うようになり、他の者には使えなかったことから悪魔独自の言語とされるようになったが、その気になれば他の種族でも使えないわけではない。

 ないが……圧縮構文を日常言語のように自然に負担なく使えるのは悪魔くらいのものであり、それゆえに「悪魔の言語」という呼び名がついている。そしてこれは、悪魔の使う魔法でも使われる。

 故に、悪魔の使う魔法は強力だ。他の種族の数分の一から数十分の一の時間で超高度な魔法の構築が可能になるのだ。

 頭ほどの大きさのファイアボールを1個出す時間で太陽と見間違うような巨大な炎が飛んでくるといえば、その出鱈目さが魔法について詳しくない者でも理解できるだろうか。

 魔法を唱えている間に倒せばいいとかほざいた人間の戦士が3歩の距離を届かせる前に無数の魔法でなぶり殺しにされたという「笑い話」もモンスターの間では有名だ。

 ……まあ、それが「圧縮構文」による戦果だとは、あまり知られてはいないのだが。


「実際見るとやっぱりとんでもないわね。でもソレ、アンタの主人は解けるの?」

「ええ、勿論です。その程度も出来ないような主人であるならば、一生屋敷の中にいればよろしいのです」

「うーわ……」


 執事アウルのねじくれた精神構造を覗いてしまった気がして、オルフェは嫌そうな声をあげる。

 そもそもからしてオルフェを妖精女王と見抜いたことも執事アウルの粘着じみた観察眼を証明している。


「さあ、どうぞお入りください」


 そう促され中に入れば、広々としたホールに全身鎧の騎士が並んでいて一斉に敬礼をする。

 しかしキコリはそれを見てすぐに気付き嫌な顔になる。そう、騎士たちは鎧を着ているわけではない。


「リビングアーマー……か」

「その通りです。屋敷内の警備におけるリビングアーマーの優位性については語るまでもございませんが」


 まあ、こうしてあからさまに警備ですとアピールされれば分かるが、その辺で装飾品のように振舞われれば気付くまでそれなりの時間がかかるだろう。

 しかし、とキコリは思う。先程からオルフェはずっと感じていたようだが、此処はあまりにも魔法の気配が強い。恐らくは見えないところにも様々な魔法がかかっているはずだ。そしてその全てが、キコリのような才能の無い者にも分かるような威圧を放っている。

 つまり、先程執事アウルが言っていた「その程度」というのは恐らく真実だ。

 此処は強力な魔法で埋め尽くされた屋敷であり、この屋敷の主人である町長も、魔法に長けた人物であるということなのだろう。

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