あたしがいるわ

 夜。ふと目覚めたキコリはカーテンから僅かに光が漏れていることに気付く。

 いったい何なのか? 2人を起こさないようにしながらキコリはそっと窓の側に立ちカーテンを開ける。

 そして見たのは……空中を乱れ飛ぶ、無数のゴーストたちだった。

 薄ぼんやりと輝くゴーストたちが集まることでこれだけの光量になっているようだが、こんな状況でもなければとても落ち着いて見てはいられなかっただろう。

 中には「ボールゴースト」と呼ばれる、丸っこいマスコットのような形のゴーストも多く混ざっている。

 ゴーストは基本的には半透明な白い輝きだが、ボールゴーストには青や黄、緑の輝きを放つものも混ざっていて酷く幻想的な光景を作り出している。

 人間の町では恐怖の対象にしかなりえない、そんな光景だが……不思議とキコリは、それを綺麗だと思っていた。

 たまにこちらに気付いたボールゴーストが小さい手をフリフリとするが、キコリもそれに軽く振り返す。


「ふーん。ボールゴーストがいっぱいね」

「あ、ごめんな。起こしちゃったか」

「別にいいわよ」


 オルフェもキコリの隣に浮かび、飛んでいくゴーストの群れを見る。

 元々ゴーストは明るい場所ではあまり動かないモンスターだ。夜に元気なのは当然とも言えるが、建物の中に入ってこないのはやはり「そういうルール」だからなのだろう。


「知ってる? ボールゴーストって、誰にも憑りつかないゴーストなんだって」

「へえ、何か理由があるのか?」

「ずいぶん昔にどっかの妖精が聞いたらしいんだけど。肉体への興味を失って、自由に適当に生きていこうって思うとボールゴーストに進化するんだって」


 自由に適当に。その結果があの丸っこく可愛らしい姿だというのであれば、なるほど納得だとキコリも思う。他のゴーストたちと比べると、苦悩といったものとは無縁そうな顔をしている。

 見ているだけでなんとなく悩みも棚上げできそうな……そんな平和さだ。


「ねえ、キコリ」

「ん?」

「ドラゴンに会う旅って、絶対やらなきゃいけないものなのかしら」


 オルフェのその問いの真意を測りかねて、キコリは少しの無言。

 

「生き方がどうとか、そんなに重要なのかなって思うのよ」

「それは……」

「アンタが気が済むまで付き合うわ。でも、もっと気楽に生きてもいいと思う」


 答えに悩むキコリに、オルフェは小さく微笑む。


「別にいいわよ、答えなくて。その答えが出ないから、ドラゴンの先輩に答えを求めたんでしょ?」

「……オルフェは、なんでもお見通しだな」

「なんでもじゃないわ。でもアンタのことなら多少は分かるつもり」


 だから、オルフェは思う。キコリは常に危ういラインにいると。いつでも何処でも死にかけて。

 それでも、生き方というものに迷っている。それは、きっと寄る辺が無いから。

 生まれてすぐ異世界の記憶なんていうものを背負わされて。

 バーサーカーとして生きていく中で、人間すらやめてしまった。

 そしてキコリ本人も、人間への執着が薄れていく中で……きっと本当に、何もないのだろう。

 だから探している。自分自身が居ていい場所、自分らしい生き方を。

 だから危うい。今のキコリは、とてつもなく危うい。

 それがなんとなく分かるからこそ、オルフェは人間サイズへと変化して、キコリの隣で軽く肩を寄せる。


「アンタの隣には、あたしがいるわ」

「ありがとう」


 キコリから返ってくるのは、そんな短い言葉。

 けれど確かに伝わっている。オルフェは、そう信じていた。

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