ルールの問題

 案内された部屋は、それなりに広い部屋だった。

 3人部屋だからだろうか、充分な広さのとられた部屋は角部屋のせいか、窓が2面についている。

 窓は開けられるようだが、近くに「あまり開けないように。侵入者が出るぞ」と書いてある。


「しっかり統制できてるように見えたけど、意外に治安が悪いのか?」

「治安じゃなくて常識の問題でしょ。種族ごとに違うんだから」


 入り口の注意書き覚えてるでしょ、とオルフェに言われてキコリは「ああ」と頷く。

 色々とキコリの常識では想像もつかないことが書いてあったが、つまり「そういうこと」なのだろう。たとえば、窓を出入り口か何かと勘違いしているとか、人の部屋のものを持っていっていいとか……そういう常識で生きているモンスターだっているかもしれない。

 しかし、それではアイアースは納得しなかったようだ。


「つーかよぉ、窓なんざ簡単に割れるだろ。閉めればどうにかなるってのは、どういう理屈だ?」

「それはたぶん、ルールの問題なんじゃないか?」

「ルールだあ?」

「ああ。種族の常識がどうとかは、どうしようもない。けど、ルールは違う。此処が他種族の町だからこそ、ルールは活きる。『これをしてはいけない』を決めるだけで、共存が可能になるんだ」


 どんなものにもルールはある。そしてルールとは決して何かの否定ではなく、違う者同士の共存のための妥協である。

 それを制定することで、何もかもが違っていようと同じように生活できる。そうするためのものであるからだ。

 勿論、そのルールを守らせるための機能も必要になるが……そうした条件を満たしているのだろう。


「たとえばこの窓の場合、『閉まっている窓や扉を壊してはいけない』みたいなルールがあるんじゃないか?」


 ゴーストのような相手でない限りは、それで全て事足りるはずだ。

 どうして壊してはいけないのかはさておいても、そういったルールがあれば結果的に防犯の機能となる。

 そしてこれは恐らく……なのだが、たぶん合っているだろうとキコリは思う。


「ゴチャゴチャ難しい話は理解できない奴も多いんじゃないか? 侵入するな、だけだと建物にも入れないと思う奴とか」

「あー……」

「なるほどな」


 たとえばの話だがフォークやナイフを知らないゴブリンが何処かでそれを手に入れて武器として使っていたとしよう。

 この町で「慣れ親しんだフォークという武器」を食事の場で出されて、いきなりそれを食器と理解できるかという話である。

 無論答えは「出来ない」だ。ゴブリンの文化も合わせ「欲しければコレで奪い取れ」という意味だと理解しフォークを手に他の客に襲い掛かっても不思議はない。

 そこでルールが意味を成す。「他の者に襲い掛かるのは禁止」というルールがあるだけで、ゴブリンはフォークを手に襲い掛からなくなる。

 此処でポイントなのは「理由なく他の者に襲い掛かるのは禁止」だと、食べ物を奪うという理由があるからゴブリンは他の客に襲い掛かるということだ。


「たぶん凄い気を遣ってルールが設定されてると思うぞ。俺たちもこの後確認しておいた方がいいかもしれない」

「なんか理解できるような出来ねえような」

「まあ、たぶん殺し合いが起こらない程度の最低限のルールでしょうね。人間の町で暮らすようにやってれば問題はないはずよ」


 キコリとオルフェの視線は、1人分かっていない風のアイアースに向けられて。アイアースは不快そうに「ハッ!」と笑い飛ばす。


「ナメんなよ。要はお行儀よくしろって話だろうが」

「そうね」

「しかし、気になるな。こんな町を作ったのは一体誰なんだ……?

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