理性の限界を感じるな
そうして視線を逸らした先には、別の宿屋がある。比較的大きめの建物のそれは、やはり宿屋であるようだった。
「人型生物用宿屋『ダンスフロア』……」
「何なの、そのネーミングセンス」
「しかし、分かりやすいぞ」
「どぉせハイスケルトンなんだろ」
どうやらネーミングを好意的に見ているのはドドだけのようだが、まあ人型生物……ということはキコリたちも大丈夫なのだろう。なら、あまり迷う必要もない。
「よし、あの宿にしよう」
キコリがそう決めて近づいていくと……何やら宿の前に幾つかの注意書きがあるのが見える。
部屋に巣を作らないこと。特に釘などを打ち付けようとしないこと。
強く匂いが残るもの、衛生的でないものを持ち込まないこと。
特に糞の類を持ち込み溜め込む者、それを唆した者、相応の処理をする。
その他、事前に相談すること。ブチ殺すぞ。
……おおよそこんなことが書いてあるが、まあ人型生物といっても色々ある。
そうしたものに対応するには、こんな注意書きも必要なのだろうか?
「最後の『ブチ殺すぞ』に理性の限界を感じるな」
「面白いじゃねえか」
「うむ、明快だ」
「まあ、此処まで書いてあると逆に安心かもだけど……」
たぶん店主も苦労したんだろうな、と。そんなことを考えながら中に入れば、やはりというかなんというか……カウンターの向こうにハイスケルトンがいた。
「おやあ、初めましてのお客さんですな。ようこそようこそ、此処は宿『ダンスフロア』。踊ったって響かない壁の厚さが自慢ですぜ」
「あー、どうも。ところで今日はハイスケルトンの店主に会うのが2人目なんだが」
「そりゃ仕方ないですな。繊細さや気遣いが必要な商売は、苦手な奴が多いですからね。モンスターにどれだけ種類が居ようと、決まり事やら暗黙の了解やらが多い商売が出来るとなると、自然とハイスケルトンになる。こいつはもう向き不向きの問題ですな」
その辺はキコリには分からないが「そういうものなのか」と返せばハイスケルトンの店主は「そうですとも」と返す。
「で、えーと。うん。ハイオークの旦那はデカいから専用室ですな。他のお三方はどうしますかね。男女で分けて2部屋か、同じ部屋か」
「あー、なら違う部屋で」
「同じ部屋でいいだろ」
「そうよ。今更でしょ」
アイアースとオルフェに言われてキコリは「……同じ部屋で」と折れる。オルフェだけでも意見を翻すと思えないが、アイアースが意見を翻すはずがない。
「はいよ。では何泊で?」
「とりあえず3泊で。それと、この辺の情報が手に入る場所も知りたいんだが」
「はいよ。情報料はオマケしてまあ……こんなところで」
キコリが先程得たセーンから払えば、店主は髑髏顔でも分かる笑みを浮かべて丸まった紙を投げてくる。
「いいね。ゴネないお客さんは好きですぜ。どうぞごゆっくり」
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