棚上げ

 図書室の本を、キコリは読みふけっていた。それで何が分かるというわけでもない。

 しかし、何か拠り所のようなものが欲しかったのだ。

 唐突に……いや、ずっと否定され続けてきたキコリの「始まり」は、キコリに大きな揺らぎを与えていた。

 記憶こそ失くしてしまったが、自分もまた「転生者」だと信じてきたそれの、否定の証拠。

 ならば自分は「何」だったのか? その答えは本には書いていない。

 いないが……そうやって読みふけることで、キコリは自分の中に整理をつけていた。

 そして、読んでいた本をキコリは閉じる。


「……ふう」

「お、なんだ。自分探しは終わりか?」

「ああ、終わりだ」


 机の上で寝ていたアイアースの問いに、キコリはそう答える。


「おお、そいつは良かったぜ。俺様はこんな紙束にゃ興味ねえからな」

「だろうな」

「おうよ」


 笑いあっていると、オルフェが飛んできて「もう大丈夫なの?」と心配そうに問いかけてくる。

 いつもは叱咤激励するオルフェがこんなに心配してくれているのは、少しばかり珍しい気もするが……表に見せないだけで、ずっとそうだったとキコリは思う。


「ああ、心配かけて悪い。でもまあ、俺が何かなんて……悩んでもどうしようもないしな」

「つーか本読んでそういう結論に至るのが俺様ぁわけわかんねーんだけどな」

「あー……」


 アイアースにどう説明したものかと悩みながら、キコリは「思考の整理だな」と答える。


「頭がこんがらがった時は、1度それを頭から追い出すんだ。で、自分に出来ることを考えて……今回は何も出来そうにない。だから、棚上げすることにした」

「なら最初っからそうすりゃいいだろが」


 言われてキコリはハハ、と誤魔化すように笑う。

 まさにその通り。それが出来なかったのは……それがキコリの根幹に関わるものだったからだろう。

 前世の記憶が……異世界の記憶があったからこそ馴染めなかったはずが、自分が転生者ではないというのであれば。あの孤独と苦しみはなんだったというのか?

 自分を苦しめた記憶は、何処から湧いて出たものなのか?

 その疑問は重く圧し掛かり、言葉に出来ない感情となってキコリを苛む。

 だからこそ、整理に時間がかかったのは仕方ないと言える。

 言えるが……それはキコリの事情であり、他人に押し付ける気はない。


「悪い。でもまあ、もう大丈夫だ」


 その一言で興味を失うアイアースと、疑い深くキコリを覗き込んでくるオルフェはまさに対照的だが、どちらもキコリを気にかけてくれたことに変わりはない。

 そして、此処には読める本もなく座っていたドドも、静かに頷き立ち上がる。


「ドドには難しい話は分からん、が。解決したというのであれば進むべきだろうな」

「ああ、ドドも待たせて済まない。この屋敷……さっさと抜けるとしよう」

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