急に真っ暗な迷路に投げ出されたかのような

「知るわけねえだろ」


 アイアースから返ってきた答えは、誤解しようもないほどにシンプルだった。

 オルフェは直球な回答にしばらくその意味を考えて、やがて「あっ」と理解に至る。


「そうなのね。そっか、うん。まあ、そうよね」

「あと、今の異世界人とかって単語で思い出したがな」

「え、何を?」

「転生っつーのは……まあ、問題ないらしい。それは元々普通なんだそうだ」


 俺様には何の話か理解できんけどな、と言うアイアースに、キコリは「え?」と声をあげる。


「それ、誰から聞いたんだ?」

「竜神。ドラゴンになった時にな。そんな話を聞いた記憶がうっすらある」

「竜神が……」


 キコリのドラゴンクラウンを完全なものに変えた神、竜神ファルケロス。

 あの神様が言うのであれば問題ないのだろうが……それはキコリの記憶と齟齬がある。


「いや、でも待ってくれ。俺は確か竜神に転生者について警告を受けたような」

 竜神はなんと言っていたか。そう、確か。


 アレ等は迷い子なのだよ。この世界には合わない魂を持ったまま此方に来てしまった。だからこそ其処に『空白』とでも呼ぶべきものが発生する。

 確かそう言っていた。

 空白……そこに魔力が入ったから死なずに変異した?

 キコリが、そう返して。

 簡単に言えばだがね。故に転生者とは、必ず身の丈に合わぬ巨大な魔力を持っている。そして、それ自体は罪ではない。故に基本的には放置されるというわけだ。

 竜神はそう答えた、はずだ。


「……転生の解釈……違うな。判定基準が、変わった?」

「あ?」


 アイアースの話と、キコリの話。違うのは「話を聞いた時間」だ。

 少なくともアイアースの話は、相当昔の話だ。つまり、その間に何かあって変わった……ということになる。

 キコリは、あの日記のようなものの最後の文章を思い出す。


 私は間違えた。誘いに乗るべきではなかった。

 こんなに恐ろしいものだとは知らなかったのだ。

 きっと誰も私の罪を知らないだろう。かの大神ですら気付いていないかもしれない。

 大神よ、エルヴァンテよ。私を赦さないでほしい。

 異界の知識などを欲したが故に、私は滅亡の種をも引き込んでしまった。

 今なら分かる。人間の罪深さが、どうしようもなく理解できる。

 けれど、もう遅い。だからこそこれを読む誰かよ、知ってほしい。

 最も欲しい時にそれを与えようとする者を信じてはいけない。

 特にそれがゼルベクトを名乗るのならば。

 それこそが破滅の名なのだから。


 これがオルフェの言う「最初の異世界人」を現しているのなら、恐らくはそれこそが。

 そして同時に……キコリは気付いてしまう。そう、気付いてしまった。


「転生者は、必ず身の丈に合わぬ巨大な魔力を持っている」

「ん?」

「キコリ……あ、もしかして。え、でも……」


 キコリは、魔法の才能がない。

 魔力もほぼ無いに等しく、魔法を限られた数しか撃てなかった。

 キコリに、強大な魔力などなかった。

 キコリには、そんなものはなかったのだ。

 なら、必ず持っていたものを持っていなかったキコリは?


「俺は……何者、なんだ?」


 その答えを、キコリはもう持っていない。

 記憶はもう、失われたのだから。

 だからキコリはもう、永遠にその答えに辿り着くことはない。

 急に真っ暗な迷路に投げ出されたかのような感覚に……キコリは、静かに脅えていた。

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