知らねぇ単語だな

 扉は何処にでもありそうな木の扉だが、あからさまな鍵穴がついている。

 まさか鍵がかかっていたり……と思いながらキコリはドアを開けようとするが、ガチャリと音が鳴って鍵が閉まっていることを伝えてくる。


「……閉まってるな」

「そうだな」

「一応聞くけど、穏便な解決手段持ってるか?」

「ねえな」

「だよな」


 キコリは斧を扉に叩き付け、凄まじい破壊音を響かせながらぶち破る。

 鍵と扉が破壊されていく中で、トドメに蹴りを入れて押し開ければ部屋の中がようやく見えるが……そこにあったのは本棚と机、椅子……そして、本棚一杯に詰まった無数の本。

 どうやら書斎であるようだが、主はその立派な椅子に腰かけていた。

 高い布地で出来ていそうな、金糸や銀糸もふんだんに使用した服。

 着けている指輪も大きな宝石がつき、恐らくは高価なのだろう……ギラギラと輝いている。

 しかし、その指輪を奪ったところで主は何も言わないだろう。何故なら。


「死んでる……か?」

「アンデッドの類ではなさそうだしな」


 そう、そこにあったのは服と装飾品を纏った骸骨だ。

 死んでから気の遠くなるような時間がたったのだろう、完全に骨となったその死骸の前の机には、日誌らしきものが載っている。

 キコリは躊躇なく本を手に取ると「読めないな」と呟く。文字はキコリも勉強して読めるようになったが、キコリが読めるようになった共通語とは別の何かだ。余程の秘密主義者だったのかもしれないが、最後のページにある文字だけは共通語で書かれていた。


「私は間違えた……?」


 私は間違えた。誘いに乗るべきではなかった。

 こんなに恐ろしいものだとは知らなかったのだ。

 きっと誰も私の罪を知らないだろう。かの大神ですら気付いていないかもしれない。

 大神よ、エルヴァンテよ。私を赦さないでほしい。

 異界の知識などを欲したが故に、私は滅亡の種をも引き込んでしまった。

 今なら分かる。人間の罪深さが、どうしようもなく理解できる。

 けれど、もう遅い。だからこそこれを読む誰かよ、知ってほしい。

 最も欲しい時にそれを与えようとする者を信じてはいけない。

 特にそれがゼルベクトを名乗るのならば。

 それこそが破滅の名なのだから。


「……ゼルベクト?」

「知らねぇ単語だな。つーかお前、この文字読めるのか」

「習った。人間社会での共通語だからな」


 ゼルベクト。それが何かの名前であるのは確かだろうが……もしかすると転生者であるのかもしれないと、キコリはそう思う。

 いや、あるいは……空間の歪みが出来る理由となった人間の名がそれであるのかもしれない。

 そう考えると、色々と辻褄が合う気もするのだ。もっとも、たまたま空いたピースに嵌まるだけであって真実は違うのかもしれないが。


(……どのみち、今更な話だろうな)


 この「何処かの誰か」が何をしたかは知らないが、全ては過去の話だ。


「2人を探そう。此処には居ないみたいだしな」

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