空虚と孤独

 アイアースは知っている。誰よりもよく「それ」を知っている。

 どうしようもなく生き汚くて。どこまでも生き残ることだけに力を尽くしてきたからだ。

 だから、キコリの歪みが分かる。キコリのドラゴンとしてのエゴが見える。

 恐怖を乗り越えて麻痺して、殺意で脳を満たして殺意に慣れて。その結果出来上がったものが今のキコリだ。

 そして、そこまで出来たのは……いや、出来てしまったのは。間違いなく、自分以外が理由だからだ。

 自分が理由であれば、キコリはアイアースと同じになったはずだ。そうではないというのであれば、自分以外の為にそうなったということだと。アイアースはそう理解していた。

 つまり、キコリが「仲間」というものを持っている理由もまた……見えてくる。

 しかし、それをアイアースが語ることはない。ドラゴンのエゴは酷くナイーブな部分だ……下手に語れば、それが争いのスイッチになる。そんなものに触れたがる悪趣味は「不在のシャルシャーン」くらいのものだ。

 だから、アイアースは遠回しにそれを伝える。


「お前と俺様は、違う道を辿った『似た者同士』ってことだな」

「まあ、そうだろうけど」

「……」


 曖昧に肩をすくめながら、アイアースは思う。


(恐ろしいな。こいつ、自分の内に何も大切なもんを持ってねぇ。全部捨てたか消えたか……絆で繋がって留まってるって言やぁ聞こえはいいが……いつでも最悪の化け物に転がり落ちるぞ)


 キコリの異名は知っている。全ドラゴンが竜神の天啓によって知っている。

 死王のキコリ。

 そんな凶悪な異名がつくことは滅多にない。異名はすなわち、そのドラゴンの本質をも表しているからだ。

 つまりキコリの本質は「死王」と称されるに足る、そういうものということだ。

 今まで懐疑的であったそれも、こうして会ってその虚ろさを知ることで理解できてしまう。


(元人間だろ? どう過ごせばそんな化け物が出来上がる。一番生温い環境だろうがよ)


 アイアースは知らない。何も持たない、与えられなかったが故のキコリの空虚と孤独を。

 与えられた絆と優しさにすがり、それを無くすことに極度に脅える弱さを。

 そこから生まれた強さと、傷と……そうして喪失していった、様々なものを。

 アイアースの言う通り、キコリは大切な誰かのために死にに行ける。

 突き付けられ続ける才能の無さは、そうすることでようやく補えるからだ。

 それで大切な誰かが死んだら悲しむから、キコリは必死に生き残る。

 そして大切な誰かを死なせない為に、何が何でも敵に食らい付き殺す。

 それがキコリという生き物であるということを。

 アイアースは知らない。流石にそこまでは気付かない。

 ドドも恐らくはそこまで気付いていないだろう。

 けれど、オルフェは知っている。少しでも人間側に「なる」ように、その手を引いている。

 それはオルフェ自身にも少なくない変質をもたらしてはいるが……それをオルフェが後悔することはないだろう。

 だから、オルフェは言うのだ。


「誰に似てるとか似てないとか、どうでもいいわよ。こんな場所で野宿するの、あたしは嫌なんだけど?」

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