世界の絶対不変の真理

 魔法に関しては、ブレイクですら効かない。

 ということは言うまでもなくミョルニルも無駄だろう。

 これはキコリの使える手段のうち、ほとんどが封じられたことを意味している。

 使えるのはウォークライと、斧だけだ。その事実にキコリは思わず「ハハッ」と笑みを漏らしてしまう。


「最初に戻ったみたいだな……」


 何もなくて、頼れるものは斧しかない。ただ殺意だけを頼りに意識をバーサークさせていたあの頃。

 今とてその頃と何も変わってはいない。いないが……考えてみれば、脳の奥の奥までバーサークすることは、なくなっていた気がする。

 命がどうとか、勝敗がどうとか。そんなものではない、まじりっけなしの殺意。

 再び何も持たない者となったのであれば。今こそ初心に……殺意に立ち返るべきだろう。

 目の前には小山の如き岩を背負う岩ヤドカリ。あの防御を崩し、殺し切るのだ。

 出来るはずだ。

 出来ないはずがない。

 だって、相手は生きている。

 生きているなら必ず殺せる。それは世界の絶対不変の真理だ。

 だからこそ、キコリはその内を殺意で満たす。

 殺してやると、その意志だけで自らを埋め尽くす。

 その意志が内に満たされれば……あとはそれを宣言するのみ。

 お前を殺すと。絶対に殺すと。その意思はウォークライとなって放たれる。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 叫ぶ。空気を震わせキコリは吠える。

 殺意が身体に満ちる。あらゆる無駄な感情が身体から抜けていく。

 メンタルが、極めて純粋な戦士のものへと切り替わる。

 それで状況が変わったわけではない。けれど、あらゆる全てがクリアになる。

 自分と、敵。それを中心に意識が再構成されていく。


「キイイイイイイ!」


 キコリの殺意に反応したか、初めて岩ヤドカリがそんな威嚇の声をあげる。

 けれど、そんなもの。脅えすら含む叫びが、何になるだろう。

 この純粋な殺意に満たされた中で、そんなものに雑音以上の意味はない。

 だから、キコリの耳には届きすらしない。走って、キコリをどうにかしようと突き出される岩ヤドカリのハサミを避けその上を駆け上る。

 岩ヤドカリの巨体を覆う岩へと登り、登って。その岩へと、ただひたすらに斧を叩きつけていく。

 ガヅン、ガギン、と。通常であれば恐れるべき刃こぼれも、キコリの斧に限っては何の心配も要りはしない。

 アイアースの槍が示したように、物理攻撃であれば岩ヤドカリの被る岩は何の反撃手段ももたない。

 そして、岩ヤドカリが岩をくりぬき巨体を隠している以上は……見た目よりも、ずっと岩は薄く、脆い。

 だからこそ岩ヤドカリはキコリを振り落とすべく暴れて、それでもキコリは意地でも振り落とされまいとしながら斧を振り下ろす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る