命のやり取りにならねえ範囲

「こ、れは……何が、あったんだ?」

 

 全滅している。それが明らかに分かる惨状だった。

 何もかもが壊れていて、トロールも建物も、無事なものは何一つなかった。

 濃厚な血の匂いと。凄まじい力で粉々に引き裂かれたかのような無惨なトロールの死骸……とすら呼べぬ、残骸のようなもの。


「トロールを此処まで出来るのは、只事ではない。魔法使いではないか?」

「どうかしらね。強い魔力の残滓はあるけど……」


 ドドとオルフェもそう言いながら周囲を油断せずに見回す。これをやった犯人が何処かにいるかもしれないのだ。油断してなくともいきなり殺られることだってあり得るだろう。

 だから、一切の油断をしないままに歩いて。


「お、居たな?」


 建物の陰からヒョイと現れたソレに、全員がゾッとするような感覚を覚える。

 見た目は、十代ほどの少女に見える。真っ青な……深い海のような青い髪は短く切られ、同じ色の目はぱっちりとはしているものの、底知れぬ暗さも宿している。

 服装は……非常に軽装だ。派手な色彩の布の服に、三叉の総金属製の槍。

 まるで人間のような姿をしているソレは、人間のように見える。感じる全てが、人間の範疇を超えてはいない。

 だというのに、妙に恐ろしい。底無しの闇を見つめているような……そんな感覚に襲われるのだ。


「とりあえず、命のやり取りにならねえ範囲でやろうぜ」

「……!」


 やめろと言っても聞かない。そう判断したキコリは即座に斧を構え、少女はそれなりにある距離を地面を滑るように移動しながら三叉の槍を突きだす。

 キコリはそれを迎え撃つように斧を叩き込み、少女の手の捻りにより生み出された回転が斧を巻き上げ宙へと吹っ飛ばす。

 だが、同時にキコリの手に新しい斧が現れ三叉の槍を跳ね上げる。


「おっと?」


 素早く三叉の槍の内側に入り込むキコリに少女はアッサリと槍を手放し、反対側の手に全く新しい……しかし全く同じ三叉の槍が現れる。

 無造作に突き出されたそれをキコリは身体を捻って回避し、再び互いの武器をぶつけ合う。


「お前……! ドラゴンだな!?」

「ご名答」

「じゃあ、お前が創土のドンドリウスか!」


 まさかこんな段階で会うとは思わなかったし、こんな出会いをするとも思わなかった。

 そんな気持ちをこめてキコリが睨みつければ、少女はポカンとした表情になる。

 何を言っているんだと、そう言いたげな表情だ。


「ドンドリウス?」

「……違うのか?」

「違ぇーよクソが!」


 槍を手放しキコリがバランスを一瞬崩した隙に、少女はキコリの眼前まで踏み込み凄まじい蹴りを繰り出し吹っ飛ばす。


「俺様はアイアース。海嘯のアイアースだ! あんな性格破綻者と一緒にするたぁ、ケンカ売ってんのか!」


 ケンカ売ってきたのはそっちだし、ドラゴンはどいつもこいつも自分だけはマトモみたいに言うわよね……とオルフェは思ったが、流石に口には出さなかった。

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