騎士らしい感情

 海に浮かび、そして砂浜にも落ちているボートの破片。

 それらが示すのは、2つの事実だ。


「……トロールたちは、この海の先から来たのは間違いない」

「で、あたしたちが追えないように壊したってわけね」


 そう、トロールたちは海の向こうの転移門からボートに乗ってやって来た。

 帰る時には全滅していたから、キコリたちが追ってこれないように壊したのは正しい判断だと言える。

 魔法で壊したのだろうが、粉々になって木片だけが浮いているような状況だ。修復は不可能だろうとキコリにも思えた。


「一応聞くけど、フェイムはドドを」

「無理だ! 重い!」

「そういうのは、あたしに聞くもんじゃないの? 2人運べないかって」

「そんな無理させられないだろ」

「ふーん?」


 オルフェはキコリの頭の上に降りると「別に方法は飛ぶだけじゃないでしょ」と声をあげる。

 しかし、その意味を理解できた者は誰1人としていない。

 かろうじてキコリが「まさか……泳ごうっていうのか?」と言っただけだ。


「それこそ、まさかでしょ。アンタ、泳ぎながら戦えるの?」

「……やろうと思えば無理じゃない気もするな」

「そぉね。聞いたあたしがバカだった気もするけど、そうじゃないのよ」


 キコリの頭をペシペシと叩きながらオルフェは「歩くのよ」と言い放つ。

 歩く。まさか水上歩行という意味ではないだろう。

 となると、海底を歩こうというのだろうかとキコリは考える。しかし同時に無茶だ、とも思う。


「いや待ってくれ。海底って歩こうと思って歩けるものじゃないだろ?」

「呼吸の問題もある。魔法とて、そこまで万能ではないとドドは思うが」

「そんな魔法、出来たら天才ってレベルじゃないぞ」

「フフン、バカが揃いも揃ってあたしのレベルを語ろうっての?」


 キコリたちにハッと笑うと、オルフェは3人の前まで飛んでいく。


「いーい? 海底を歩くのなんて簡単よ。あたしの魔法なら……って条件はあるけどね」

「オルフェがそう言うなら、まあ。出来るんだろうな」

「キコリ⁉」


 ドドが驚いたような声をあげるが、キコリとしては疑う理由もない。だって、オルフェが出来ると言っているのだ。


「その魔法って、すぐに使えるのか?」

「此処に来るまでの間に理論は組み立てたわ。あとは実際に魔法を作るだけ。ちょっと待ってなさい」

「ああ、頼むよ」


 さっさと話を進めていく2人を、理解できないものを見る目でフェイムは見る。まるで長年の相棒のような2人が、全く理解できないのだ。

 ドラゴンと妖精。どういう経緯があれば、こんな組み合わせが出来上がるのか?

 チラリとフェイムはドドを見るが、ドドも肩をすくめるだけだ。


「ああいう信頼は、羨ましいな」


 ドドの、そんな言葉にフェイムは思う。今はもう居ない、仲間たちや妖精女王のことを。


(私は……あんな信頼を築けていただろうか? いや……私は、私たちは……)


 女王を崇め騎士を名乗る者が集まっていても、烏合の衆だった。

 フェイム自身が生き残っているのが、まるでその証明であるかのようで。


(出来ていなかった、な。私たちは「ああ」ではなかった。騎士などと名乗っていても、それは……)


 どうしようもないくらいに惨めだ、とフェイムは思う。

 それはある意味で妖精らしくはない……けれど、騎士らしい感情であった。

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