前世の記憶
その少女には、前世の記憶があった。
此処ではない、別の世界の記憶。その世界の人間の記憶を持ちながら……今世の少女は、人間ですらなかった。
トロール。体格は大きめで目鼻立ちはしっかりと……ややしっかりとし過ぎており、落ち窪んだ眼窩は特徴的過ぎて常に隈が出来ているようにすら見える。
手足は長いが筋肉も種族的な特徴としてしっかりついており、男しか居ないというトロールの中でも唯一である女性であるその少女とて、然程の違いは見られなかった。
だから、少女が「このままでは終わらない」と思うのはごく自然なことだった。
蝶よ花よと大切に仲間たちは育ててくれるが、少女からは他のトロールの見分けがほとんどつかない。
自分の姿も可愛いとも思えない。
辛い。ただひたすら、辛かった。
仲間の優しさと愛が辛くて、この場における異物の自分が辛かった。
愛せない。仲間の優しさに感動しても、好きだと思っても、それでも仲間を愛せない。
化け物だと、モンスターだと。そう思ってしまうのだ。
それが自分のエゴだと分かっていても「前の人生」の感覚が抜けないのだ。
何よりも、少女には見えていた。この新しい人生で自分が得た「未来視」の能力で……この中で静かにおかしくなっていく自分が見えていた。
だから、出ていこうと思った。村を出ていって、何処かで1人静かに死のうと思った。
そうして……、村を出てしばらくたって。少女は知ってしまったのだ。
自分の前にある「進化」という可能性。その中には……かつて人間だった自分に近い姿を持つモノもあるということを。
そして……「妖精女王」であれば、トロールという「種族」すら捨てられるということを。
それを知った時、少女の目にはそれ以外の何も見えなくなった。
「そう。私は妖精女王になる。いえ、これで『なった』はずなのに……どうして変化がないの?」
あそこにいた妖精を殺せば、少女は……サレナは妖精女王になるはずだ。そういう未来が見えていたはずだ。寸分なく、その道を辿った。だから、間違えているはずがない。
「何か。何か変よ。未来が変わった? 何か、私の知らない変化が……」
振り返る。そして、サレナは気付いた。自分に向かって走ってくる、1体のオークの姿を。
(嘘、いつの間に。音は、いえ。考えに没頭しすぎて気付かな……)
ガン、と。振り下ろされたメイスがサレナがほぼ反射的に展開したバリアを叩く。
「なんで生きてるのよ! 殺したはずでしょ!? 死んだはずよ!」
「何を言っているのかは分からないが。ドドには少々、魔法が効き辛い」
バリアを連打する音を聞きながら、サレナは血の気が引く思いだった。
(嘘。最後の最後で間違えた? 未来の解釈を、間違えた……!?)
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