ドラゴンブレス

 その「ミス」が何かについてはシャルシャーンは教えようとはしなかった。

 しかし、そのミスとやらがシャルシャーンの余裕の理由なのかもしれない……とキコリは考えていた。だから、今はシャルシャーンを信じて進んでいた。

 進んで、進んで。幾つかの夜を越えて、ついにエリアの端と思わしき場所へと辿り着く。

 空間の歪んでいるその場所に触れると……あの転移する感覚が襲ってくる。

 だが転移したその先にあったのは地面ではなく、しかも何もない。

 荒れ狂う海へと落ちゆく空中だったのだ。


「うおっ……」

「ぬうっ⁉」

「あー、もう!」


 オルフェが一瞬で人間サイズに巨大化し、キコリを両手で抱える。

 一方のドドは美しいドラゴンの翼を生やしたシャルシャーンが片手で掴んでいた。


「あはは! 偶然とはいえ、此処に繋がってるんだから面白いよね!」

「ちっとも面白くないんだけど……!」

「いーや、面白いさ。そうだろう? キコリ」


 シャルシャーンの言葉にオルフェは疑問符を浮かべ、抱えていたキコリの顔を覗き込みギョッとする。

 キコリは、目に見えて緊張した表情をしていたのだ。まるで此処に何かとんでもないものがいるような……。

 そしてそこまで考えて、オルフェも目を見開いた。


「まさか! 此処って……!」

「そのまさかさ」


 シャルシャーンは本当に面白そうな表情で笑う。面白くてたまらないと、そう言いたげですらある。


「此処はドラゴンの中でも3本の指に入る分からず屋……海嘯のアイアースの領域だからね」

「げっ……!」

「ド、ドラゴンだと⁉」

「凄い敵意みたいなのぶつけられてると思ったら……それかあ……」


 そう、キコリはこの領域に入った瞬間、全身を串刺しにされるような感覚を感じていた。

 恐らく殺意と呼ぶのであろうそれは、キコリを今この瞬間も刺し続けている。

 海嘯のアイアース。巨大なクラゲの姿をしていると聞いたことはあるが、ヴォルカニオンからもユグトレイルからも「ヤバい奴」認定を受けているドラゴンだ。もし襲ってこられたら、キコリで敵う道理がない。


「ま、ボクがいるから初手で殺しにくることはないと思うけど」

「ならいいんだが……」

「おや?」


 シャルシャーンが声をあげ視線を向けたその先。遥か遠くを見てシャルシャーンは「あ、やべっ」と呟く。


「はーい、全員衝撃に備えててね。ちょっとデカいのいくから」


 そう言うとシャルシャーンはドドを思いきり「上」へと放り投げる。

 うおおおおお、と悲鳴を上げながら天を昇っていくドドをそのままに、シャルシャーンはとんでもない量の魔力を周囲から集めていく。

 それは可視化される程に濃くなった魔力が渦を描くかのようで……その時にはもう、シャルシャーンが何をしようとしているか、そして「何」に対抗しようとしているかが見えていた。


「な、何アレ……!?」

「ドラゴンブレスだ! それも、とんでもなく強力な……!」


 まるで渦巻く激流を放ったかのような、それそのものが避けようのない災害のような「水」のドラゴンブレス。

 轟音と共に迫るそれを前に、シャルシャーンが光の粒を無数に内包した漆黒のドラゴンブレスを放つ。

 まるで夜空を凝縮したかのようなシャルシャーンのドラゴンブレスは水のドラゴンブレスと激突し……切り裂き、吹き飛ばした。

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