何処にでもいて、されど何処にもいない

 キコリは、目を覚ます。

 青々とした草原。僅かに暖かい風が、頬を撫でて。頭上で木の葉が揺れている。


「おや、起きたのかい?」


 聞こえてきた声に、キコリは慌てたように起き上がり……激しい頭痛に顔をしかめる。

 記憶が飛んでいる。何処から? 何処まで? 少なくとも、こうなる「直前」が思い出せないように思える。


「無理はしない方がいい。結構ズタボロだったんだから、君は」

「俺は……此処は……君は? 分からない。一体、何が……?」

「ふむ」


 困惑したキコリに、木に背を預け座っていた少女が本を閉じる。

 不思議な少女だ。濃い青色の髪は長く、よく手入れされたようにツヤツヤとしている。

 同じ色の瞳は何処となくどんよりとしており、けれど確かな意志を感じさせる。

 服装はゆったりとしたものであり、靴も含め全体的に趣向が凝らされている。

 しかし、何より特筆すべきなのは頭に生えた角のようなものだろう。

 2本の角……いや、形が同じなので一対というべきなのだろうか?

 とにかくその角は、強い力を感じさせていた。

 そんな少女はキコリに微笑み「君は負けたんだよ」と告げる。


「負けた? 俺が? 思い出せない。ぐっ……」


 思い出そうとすると、頭がズキズキと痛む。一体何があったのか?

 自分が一番知っているはずのことを、キコリは思い出せずにいた。


「何度でも言うけど、無理はダメだよ。回復させはしたけど、消し飛びかけた君を救うのは中々に手間だったんだ」

「け、消し飛……!?」

「後で教えなかったと恨まれたくないから言っておくと『無事』だ。今はそれ以上は気にする必要はない」


 少女が何を言っているのか、今のキコリには分からない。自分の名前すらも分からないのだから。


「君は、俺を知っているんだよな? 知り合いなんだよな?」

「ああ、ボクは君を知っている。知っているよキコリ。ボクがいつでも君を分かってあげられているわけではないが、少なくともボクは君を知っている」


 不可思議な物言いだ、とキコリは思う。それではまるでキコリを知っている少女とキコリを知らない少女が存在するかのようだ。


「キコリ……そうだ。思い出したぞ、俺はキコリだ」

「そうだね、君はキコリだ。そう在れと自身を定めたんだ」

「すまない。さっきから物言いが分かりにくいんだ。もうちょっと……」

「ああ、それはすまない。しかし出来ない相談だ。ボクはこんなボクを気に入っている。気に入らないなら……ほら、かかってくるといい」


 クイクイと指で「かかってこい」と示す少女に、キコリは困惑したように「ええ……?」と声をあげる。


「本当に何なんだ、お前……」

「いいからかかってきたまえ。ほら、怖気付いたわけでもないだろう?」

「……そこまで言うなら」


 キコリは立ち上がり、少女へと突進する。まさか殴るわけにもいかないし、寸止めでいいか……などと考えて。しかし少女はキコリの拳を軽く弾くと回転し……瞬間、キコリは何かに弾き飛ばされる。


「……は?」


 吹っ飛ぶキコリが見たのは、先程まではなかったはずの少女の尻尾。

 太くて立派なその尻尾は一瞬で消え、フフッと少女が笑う。


「と、いうわけで自己紹介といこう。ボクはシャルシャーン。何処にでもいて、されど何処にもいない。故に、不在のシャルシャーン。よろしく、最も新しき……そして無銘たる同胞よ。君の為にボクは今、此処にいる。盛大に感謝してくれたまえ」

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