何処にでもいて、けれど何処にもいない
不在のシャルシャーン。何処にでもいて、けれど何処にもいないと謳われるドラゴン。
初めてその姿が確認されたのは、空間の歪みなどというものが現れるよりも遥か昔、伝説の時代。
まだドラゴンの恐怖すら知らなかった人間たちは連合軍を組み、シャルシャーンを滅ぼし竜殺しの栄誉を得ようとしたという。
しかし寸前まで「そこ」にいたはずのシャルシャーンは連合軍の目の前で姿を消し、その日のうちに……いや、僅かな時間の間に参加した全ての国の王城を破壊してみせたという。
かなりの距離があるはずのそれぞれの国の首都を、ほぼ同時刻に連続で、だ。
そして連合軍がそれを知ったのは、突然現れたシャルシャーンに背後から薙ぎ払われ潰走した後であったという。
超スピードなどでは説明のつかない、シャルシャーンが同時に複数の場所に存在でもしない限りは有り得ない事態。
これ以降もシャルシャーンは何処にでも現れ、しかし追っても何処にも居ないという不可思議な現象を繰り返した。
それ故に「不在」と呼ばれ、あるいはシャルシャーン自身がそう名乗ったとも伝えられている。
「俺はこれを、空間移動能力があるからだと考えた。だが、だからこそシャルシャーンに会えない。色んな人間に協力を求めてもみたが……手に入るのはクソみてえなガセだけだった」
アサトの話を聞きながら、キコリは考える。
確か、以前会った吟遊詩人はアサトを危険人物のように語っていた。正直、初見の印象もあまり良くなかった……が、それだけで判断していいものかどうか。少なくとも今のアサトからは切実さが感じられる。
「お前にこう言っても通じないとは思うが、俺は此処ではない世界から来た。そこに帰りたいだけなんだ」
「……いや、分かるよ」
「あ?」
「そういうのが時々いるとは聞いてる。異界言語っていう文字も残されてる」
キコリは自分の事情を明かさないままに、そうアサトに告げる。
しかし、仕方のないことだ。キコリ自身、自分のルーツを明確に理解しているわけではない。
そもそも「異世界」の記憶はすでにキコリからは失われている。そんなあやふやなことは、この場で話すべきではないと考えたのだ。
「異界言語……そんなもんがあったのか」
「過去に天才とか英雄とか呼ばれた人間が書き残したらしい。俺もこの前森で拾って、神殿に渡してある」
「……そうか。俺だけが『そう』ってわけでもねえよな。そっち方面は盲点だったな」
「誰も教えてくれなかったのか?」
「何処の誰かも分からねえ奴に親切にする奴はいねえし、使える駒になりそうな奴に情報を簡単に吐いてくれる奴もいねえ。そういうことだ」
アサトは頷くと、何かを懐から取りだすとキコリに弾いてくる。
受け取ったそれは……どうやら、金貨であるらしい。
「これは?」
「見ての通り金貨だ。裏を疑われずに渡せそうな礼がそれしかない」
「シャルシャーンのことはいいのか?」
「そっちは一端詰まったとして考える。もしお前が会う事があったら、異世界に渡る方法でも聞いといてくれ」
そう言って去っていくアサトを見送りながら、キコリは手の中で金貨を遊ばせる。
「……意外といい奴?」
「どうかしらね。その金貨に変なものは仕掛けて無さそうだけど」
分からない。分からないが……まあ、彼の頼みは一応覚えておこう。
その程度の認識くらいは、キコリの中に刻まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます