この不思議な冒険の終わり

 そうだ、考えてみればどうということはない。

 アレは本当にキコリの偽物……それっぽく整えただけの、別物なのだ。

 ドラゴンではない、ただのモンスター。

 勿論、ドラゴンであるキコリの腕力もあるし魔力もチャージの必要がない程たくさんあるのだろう。

 それは少しばかり羨ましい。けれど、そう……けれども。無茶を支えてくれるオルフェは、いない。

 そして何よりも。あのキコリに「無茶」という概念はない。強者であるから、そんなことをする必要がないのかもしれない。

 しかし、そうであるからこそ。アレは全くの別物だと断言できる。今まで、ここぞという場面でキコリが強者であったことなど1度としてない。

 そして無茶をしないキコリはキコリではない。


「ミョルニル」


 自分自身に電撃を纏わせ、キコリは偽キコリへと突撃する。

 雷速の突撃には、偽キコリに同じことをさせる余裕は与えない。

 斧を、横薙ぎに。首を狙って。上体を逸らし回避した偽キコリの兜が宙を舞う。

 やはり強い、とキコリは思う。だが浅い。ミョルニルを使っているのだ。避けたから何だというのか。回避方法が、致命的に間違っている。

 分からないはずはない。だがそれでも首を狙われたという事実が偽キコリに回避を選択させたのだ。

 仕方がない。首を切られて生きている生き物は、そうはいないのだから。けれど今回に限っては、上体を逸らし更なる回避が出来なくなった偽キコリを、電撃を纏うキコリのタックルが吹き飛ばす。

 同時に電撃が偽キコリを襲い「ガッ……!」と声をあげさせる。

 それ自体は大したダメージではないのだろう、対してキコリの魔力はこれで尽きた。チャージもない。

 だからキコリはそのまま追撃をかける。腕力だけで勝負しようと絶対に勝てない偽キコリへと走る。

 倒れようとした偽キコリが踏みとどまり、態勢を立て直す、まさにその時。

 キコリの斧が、偽キコリの頭部へと振るわれる。


「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 叫ぶ、吼える。効くはずもないウォークライ。

 たとえそうであろうとも、キコリは己の殺意を斧へと籠めて、ただ「殺す」という1つの意思で自分を突き動かす。

 他のどんな思考も今は必要ない。ただ、目の前の「こいつ」を殺すと。殺してやると。


「ブレイ」


 ブレイク、と。キコリを跡形もなく殺しうるその魔法が完成するその前に。キコリの斧が、偽キコリの首を切り飛ばす。

 瞬間、偽キコリの姿は黒い粒子のような何かとなって消えていって、後には何も残らない。

 

「キコリ!」


 駆け寄ってくるオルフェに振り返り、キコリは笑って。そんなキコリにオルフェは思いっきり飛び込んでいく。


「何をするかと思えば……!」

「バカだったか?」


 冗談めかして言うキコリに、オルフェは笑う。そうして出てきた言葉に、キコリは驚く。


「なーに言ってんのよ。今のは最高だったわ!」


 一瞬、言葉は出なくて。「そう、か」と。そんなどうしようもない言葉がキコリの口をついて出る。続けて「ハハッ」と、そんな気の抜けたような笑い声も。


「なら、いい終わり方だったな」

「そうかもね」


 目の前には、螺旋階段。5階層の守護者を倒して、その先に進めば元の世界に戻れる。

 だから、この奇妙な冒険はこれで終わりで。キコリとオルフェは並んで螺旋階段を登っていく。


「ようやくこの不便な身体ともお別れね」

「そうだな。でも……これはこれで楽しかったな」


 IFを……「もしも」を語るのは愚かだ。しかし、もしもとキコリは思う。

 もしも、オルフェが人間で。こういう冒険を出来ていたらどうなっていただろうか?

 もしかしたら、キコリがドラゴンになる未来はなかったのかもしれない。

 それともやっぱりドラゴンになって、変わらぬ冒険をしていたのかもしれない。

 まあ、有り得ないIFだ。前提条件からして、有り得ないのだから。

 これは一時の夢。此処を登り終われば消える幻に過ぎない。


「そうね。あたしも楽しかったわ。色々と見えたものもある……得難い経験だったわね」

「凄いな。俺はずっと必死になってるだけだった」

「そう? 発見してたじゃない」

「え? 俺が?」


 何を、と聞き返せばオルフェは悪戯っぽく笑う。


「アンタはあたしが居なきゃダメってこと。自分で言ってたじゃない?」

「……いや、まあ。でもそんなニュアンスじゃないだろ」

「何よ。あたしの言ったことに何か間違いでもある?」


 そう言われてしまえば、キコリは反論なんてできなくて。オルフェは楽しげに笑う。


「さ、戻りましょキコリ! こんな場所はもうこりごりだわ!」

「だな」


 頷いて2人は、螺旋階段の奥の光へと進んでいく。それはこの不思議な冒険の終わりを示す……そんな」、強い光だった。

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