だって、俺は弱いんだ

 だが、その瞬間。キコリは驚愕する。

 ブレイクは確かに発動した。だが、これは。

 分かる。拙い。偽キコリが斧を捨てて、手の平を、キコリへと。


「ブレイク」

「ファイアアロー!」


 偽キコリがバックステップして、もう1本の斧でオルフェのファイアアローを弾く。

 当然手は離れて、一瞬の判断で避けようとしたキコリは……それでも埋めきれない身体能力の差が、僅か一瞬偽キコリの手をキコリにかすらせる。

 その一瞬で、偽キコリのブレイクの魔力が僅かながらキコリに流れ込む。

 それは、キコリの体内をかき回すには充分すぎて。


「か、はっ……」


 目から、口から、血が流れだす。身体の感覚という感覚が消え去って、痛いとすら思えない。

 死ぬ、と。キコリはそう察する。死にたい、とか死にそう、とかではなく。死ぬ、と。そう感じた。

 ただひたすら、突き付けられた事実だけがキコリの目の前にある。

 

(ああ、そうか。死ぬって、こういうものなのか)


 死にかけたことは多くある。けれど「死ぬ」という現実を目の前にしたのは初めてだ。

 それはこんなにも穏やかなものなのかと、そんなことをキコリは考えて。

 しかし急速に感覚が引き戻されていく。同時に、何かと何かがぶつかり合う轟音も。

 それがオルフェの放つ魔法だと分かったのは、その直後だ。オルフェが杖を偽キコリに向け、連続で魔法を放ち近づけていないのだ。そして同時にヒールをかけている。それがどれ程の高等技術かキコリには想像もつかない。


「勝手に死にかけてんじゃないわよバカ!」

「オルフェ……」

「魔法が得意じゃないくせに魔法で勝てるわけないでしょ!」


 まさにその通りだ。「このキコリ」が、「ドラゴンのキコリ」に勝てるはずもない。

 魔力差が歴然とし過ぎている。しかし、そんなことは分かり切っているのに。どうしてキコリは偽キコリにブレイクを仕掛けようとしたのか?

 考えて……キコリは「ああ」と呟く。そうだ。あの姿を見れば一目瞭然だった。


「そうだな。魔法で勝てるはずない。アイツはドラゴンの俺とも張り合えるくらいの魔力を持ってるんだから」


 キコリの言葉にオルフェは疑問符を浮かべつつも、魔法を放つ手を止めない。止めれば偽キコリが即座に距離を詰めてくると分かっているからだ。

 そしてキコリは確信していた。そう、最初から直感で分かっていたのだ。あれは、あの偽キコリは。


「オルフェ、行ってくる」

「は? ちょっ」


 キコリは走る。先程偽キコリが捨てて地面に落ちたままの斧の1本を引き抜いて。


「そうだ。お前は俺じゃない。だって、俺は弱いんだ」


 常に自動チャージをして魔力を補っているだけで素の魔力量は少ない「才能なし」。

 けれど此処では自然から魔力の無制限チャージなど出来るはずもない。

 ドラゴンの姿は真似られてもドラゴンの持つ力そのものをコピーなど出来るはずもない。

 だから、自然と「それっぽい形」に整えられる。

 ああ、分かってみればなんということもない。アレは、偽キコリは。


「オルフェもいない、俺より遥かに強い程度のお前が。オルフェのいる俺を殺し切れると思うなよ」

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