ただそれだけのこと

 レッドキャップ。一時期はゴブリンの上位個体とも言われていたモンスターだ。

 しかし、レッドキャップはゴブリンではない。それが分かったのはレッドキャップがゴブリンの群れを狩っている姿が見受けられたからだが……その生態から妖精の一種に分類されたのは最近のこと。

 というのも、レッドキャップにはどうやら雌雄の区別がなく、突然発生する個体であることが確認されたからだ。

 ちなみにオルフェの台詞はアリアの家にあったモンスター図鑑を読んでの知識であり、レッドキャップを妖精と認めてはいない。

 単純にキコリにゴブリンとは違うと説明するの必要だったから言っただけだ。さておいて。


「なんだこいつ……速い!」


 ギンギンギイン、と。レッドキャップは手に持つナイフでキコリへと素早い刺突を繰り返す。

 なんとか斧で防いではいるが、すでに何発かは鎧に当てられている。

 いや、それだけではない。刺突と見せかけて斬撃も混ざっている。

 しかもキコリの鎧の隙間を狙おうとまでしているのだ。


(ダメだ、動きを追えない。防戦一方じゃいずれ突破される……!)

 突破されればいずれ、削り殺される。

 そんなものは許容できるはずもない。

 ならばどうする? 決まっている。殺す。殺すのだ。

 さあ、殺意を籠めろ。魔力を籠めろ。お前を殺してやると、キコリは防戦の中で息を吸い込む。

 そして、放つ。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 殺意の咆哮。魔力を伴うドラゴンロア。

 それはレッドキャップの鼓膜と精神をビリビリと揺らして。


「ギッ……ガブアッ」


 僅かに動きが止まったその一瞬。キコリの斧がレッドキャップの頭を叩き割る。

 まるで薪を割るかのように洗練された、迷いのない一撃でレッドキャップは絶命して。

 再度飛んできた黒塗りの矢を、キコリの兜が弾く。


「ミョルニル」


 電撃を纏う斧を、キコリが投擲して。木の上に居たレッドキャップは慌てたように地面へと飛び降り、ナイフを引き抜きキコリへと迫る。

 だがその瞬間には、キコリの手にはもう1本の斧が出現している。


「ミョルニル」

「ギッ……!」


 先に投擲された斧が電撃と共に木を黒焦げにし、2本目の斧をレッドキャップは即座にナイフを投げて迎撃する。

 斧に衝突したナイフは電撃を防ぎ、それをチャンスとばかりにレッドキャップはキコリへと矢をナイフのように構え飛び掛かって。

 しかし、その手に戻ってきていた斧に目を見開く。

 そう、ミョルニルで投げた武器は戻ってくる。レッドキャップはそれを知らなかっただけ。

 ただそれだけのことが……レッドキャップが、その身体に斧を深々と叩き込まれ絶命した、原因だった。

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