それが今の俺に必要な
その後、夜になってアリアが帰ってきて。キコリの話を聞いた後、何度も頷いていた。
「なるほど、異界文字ですか……確かにキコリがそれの読み書きを出来なかったっていうのは不思議な話ですね」
「アリアさんはどう思いますか?」
「うーん。別に前世の記憶があれば前世世界の文字を読み書きできるってわけでもないでしょうし。そんな気にすることでもないと思いますが」
「そう、ですか?」
「ええ。キコリだって共通言語を読み書きできなかったでしょう?」
まあ、言われてみればその通りではある。
アリアに文字を教えて貰わなかったら読めないままだったし、もしそのまま死んで「転生」したなら、やはり文字を書けなかっただろう。
「……まあ、確かに」
「文字の読み書きは必要と思わなければ覚えないものです。事実、田舎に行けば行くほど識字率は下がると言われていますからね」
確かキコリの生まれた村でも読み書きが出来たのは村長や神官だけだっただろうか。
そんなことをキコリはふと思い出す。
今となってはかなり薄い記憶だし、もう戻る事もないだろう場所だが……。
「あと問題は住民権ですね。こうなるとキコリはもう下手な宿には泊まれませんよ?」
「どういうことですか?」
「夜這いされます」
あまりにもアレな言葉にキコリは思わずゲホッと咳き込んでしまう。
夜這いがどういう意味か分からない程子供ではないが、何故そんなことになってしまうのか?
「え、いや。な、なんでですか⁉」
「住民権持ってるからですね。既成事実作ってキコリの奥さんの座に収まれば、キコリの住民権の庇護下に入りますから。住民権っていうのは、それだけ強い権利ですし……より得る事が難しい住民権であれば尚更です」
「ええ……」
「人間ってくだらないわねえ」
オルフェも呆れたように言うが、キコリはドン引きだ。
住民権が凄いのは理解していたが、そんな危険性が生まれるのなら欲しくなかった。
今から返還というわけにもいかないだろうし、どうしたものか?
「ちなみに住民権の譲渡って」
「できません」
「ですよね……」
「ていうか、そこの人間に夜這いされるんじゃないのー?」
「失礼な、私は純愛派です」
「どうだか」
アリアとオルフェが何やら睨みあっているが……キコリは止める気も起こらない。
転生ゴブリンの件が解決したというのに、面倒事ばかりが増えていく。
そんなものに流され続けるくらいなら、いっそ新妖精村に移住しようか。
そう考えてしまう程度には「めんどくさいな」と思ってしまうのはまあ、仕方のないことだろうか?
(いや、違うな。目標がないから面倒なんだ。こういうの全部に目が入らなくなるくらいの目標……それを見つけるのが今の俺に必要なことなんだ)
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