言葉だけは知っている

「衛兵隊だ。謁見申請の件で伝言を伝えに来た」

「おつかれさまです。俺がキコリです」


 ドアの外に立っていた衛兵は頷くと、持っていた紙を広げる。


「キコリ。君の謁見申請についてだが、防衛伯閣下より伝言を賜っている」

「はい」

「準備がある故、1週間後に再度日程について連絡する……とのことだ」

「準備、ですか?」

「そうだ。それと、もう1つ。身辺には充分に気をつけるように……とのことだ」

「何か、あるんですか?」

「聞かされていない。しかし我々の方でも巡回は強化するつもりだ」


 そう告げて衛兵は去っていくが……やはりあのアサトとかいう男のことだろうか、とキコリは思う。


(……いや、そうとも限らない。俺が元々獣人都市に行ったのは、面倒ごとを解決するまでの時間稼ぎの意味もあったはず……)


 それがまだ終わっていないとして、その結果としての「準備」という可能性だってあるだろう。

 まあ、悩んで解決する事でもない。イルヘイルでそうしたように警戒して過ごすしかないだろう。


「……はあ。平穏が戻ったと思ったんだけどな」

「なーに言ってんのよ。平穏とは程遠い生き方してるくせに」

「それ言われると弱いな」


 オルフェに苦笑しながら家の中に戻れば、アリアが「おつかれさまです」と労いの言葉をかけてくれる。


「聞こえてましたけど……冒険者ギルドとしては、確かに多少の治安の悪化は確認していますね」

「それは冒険者の増加とか、そういうことだったりしますか?」

「その通りです。大量のワイバーンと上位種の撃破。そして人と協力する妖精の確認。これって、結構凄い事なんですよ?」

「だろうな、とは思ってました」


 セイムズ防衛伯がキコリを獣人都市に派遣した理由でもある。それだけ大きい問題なのだろうとlキコリも分かってはいる。


「うーん、あんまり分かってない顔してますね」

「え、いや。そんなことは……」

「言っておきますけどキコリ。キコリがいない間、吟遊詩人がウロチョロしてましたからね? たぶん今頃、いろんな場所で好き勝手に歌われてると思いますけど」


 吟遊詩人。言葉だけは知っている。

 確かキコリのいた村にも来て歌っていた記憶がある。

 村の人間の払いが悪かったのか、すぐに次の場所へと行ってしまったのも記憶にあるが……。


「……なんで俺を。え? そこまでの話に?」

「つまるところ、有望そうな新人がいれば歌うんですよ、彼等。一応事実を元に、派手になるように歌いますから……まあ、幾多の苦難の果てに妖精と心を交わしワイバーンを討った戦士、くらいの歌われ方はしてるかもですね?」

「うえっ……」


 そこだけ聞くとあまり間違っていないのが何とも言えない。

 そんな事を言えるはずもなく……キコリは今日向けられた視線の意味を何となく理解してしまったのだった。

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