完璧は、実は満足とは最も程遠い

 キコリの作った夕食を食べながら、キコリとアリアはイルヘイルであったことを……全部ではないが、話していた。

 具体的にはドラゴン関連を抜いた「表向きの話」だ。


「そうですか……そんな状況から帰ってこられて、本当によかったです」

「俺1人じゃ無理でした。オルフェにも随分助けられましたし」

「そうよ、感謝しなさいよ」

「ふふ……私もその場に居たかったですね」

「いや、でも……」


 言いかけたキコリに、アリアは少しだけ寂しそうに微笑む。


「キコリは、いつも傷ついて帰ってきますから。少しでも手伝えたら……って、そう考えてしまうんです」

「アリアさんには、たくさん助けられてます。今の俺があるのもアリアさんのおかげです」

「そう言ってもらえると嬉しいです」


 お世辞ではない。キコリは本気でそう考えている。

 まだどうしようもない、何処にでもいる木っ端以下だったキコリに手を差し伸べてくれたのはアリアだ。

 その後も、何度も助けてくれている。だからこそ、キコリは今此処にいる。それは何があろうと変わらない真実だ。


「むしろ、俺はアリアさんに何も返せてません。いつも目の前の事で手一杯で……」

「それでいいんですよ、キコリ」


 アリアは立ち上がると、ギュッと握りしめたキコリの手を優しく包む。

 その握った手を軽く開かせて、優しく微笑んで。


「今から余裕のある視点を持ってるなんて……そんなのは、全力で生きてない証拠です」

「そう、なんでしょうか」

「そうですよ。天才とか英雄って呼ばれた人達だって、道半ばで倒れてるんです。人生、為すべき事を為そうとするなら目の前には常に巨大すぎる壁が立ち塞がってるはずなんです。そうじゃないっていう人がいるなら、それは……」


 それは、なんだろうか。答えを待つキコリに、アリアは笑う。


「人生舐めてるか、本気で生きる気がない『生きてるだけの死人』か……どっちかですね」

「……ちなみにそういう人ってどうなるんですかね」

「心残りを遺して死にます。永遠の命を手に入れたところで、永遠に満足できずに過ごすでしょうね」

「本当に天才で、なんでも出来ちゃう人もいるかもしれませんよ?」

「苦労を忘れたら、それは人としての成長の終わりです。その天才はそれを悔いて死ぬでしょうね」


 それに、とアリアは軽く指を振る。


「完璧は、実は満足とは最も程遠い言葉なんですよ?」


 完璧の「上」はないが、「下」は幾らでもある。

 故に、完璧を知る者はどうしようもなく不幸だ。そこから先などないのだから。


「さて、それを踏まえた上で! キコリはいつでも精一杯。これは、とても幸せなことだと思いませんか? まだまだ『先』があって、見知らぬ未来がそこにある。そうでしょう?」


 それは、詭弁ではあるかもしれない。完璧の方が、何かと幸せである事も多いだろう。

 けれど、それでも。その全てはきっと考え方次第で、足りない事を不幸と思うなと諭しているのだろうとキコリは思う。だから、こう答えるのだ。


「そうですね。その通りだと思います」


 そしてキコリが笑った、その時……玄関のドアを叩く音が、響く。

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