空を共有してない世界

 食材を買って、アリアの家に戻る。

 記憶と然程変わりのないままの光景に、キコリは小さく笑う。

 台所に立って料理を始めるキコリの近くを浮遊しながら、オルフェは大きく溜息をつく。


「ったく、こっちに帰ってきたらきたので、変なのが出たわねー」

「まあな。あいつ、俺に何かを感じてたっぽいけど……」

「あー、なんだっけ。ケチャとフォンだっけ?」

「そんなだったか……?」


 キコリもあまり覚えてないのでそんなに自信はない。

 というか「前世」の話だと思うのだが……オルフェに相談した方がいいだろうか?

 鍋をかき回す手を止めないまま、キコリは少しの覚悟をきめる。


「オルフェ」

「なに?」

「俺、前世の記憶があるんだ」

「ふーん」


 想像の20倍くらい軽い答えに、キコリは「えっ」と声をあげてしまう。


「その前世の記憶とやらがあるから何だってのよ」

「あー……いや。その前世なんだけど、この世界のじゃないんだ」

「じゃあ何処のなのよ」

「たぶん……此処とは空を共有してない世界だと思う」

「空を……ねえ」


 オルフェはキコリの言葉を反芻するように黙り込んで……やがて「うん」と頷く。


「まあ、どっか遠くって事よね。それで?」

「たぶんあいつが言ってたのは、その前世関連の単語だと思う」

「思うって何よ」

「分からなかったんだ」


 今も思い出そうとして見ているが、何も出てこない。

 昔は……この町に来た頃は、もっと前世の記憶をある程度覚えていたはずなのだが。

 今となっては、その断片しかキコリの中に無い。一体どういうことなのだろうか?


「前はもっと色々知ってたはずなのに、いつの間にか思い出せなくなってるんだ」

「あー……」


 キコリの言葉に、オルフェは何かに納得がいったかのような声をあげる。


「そりゃ間違いなくアレでしょ。アンタがブレス吐いてぶっ倒れた時。その時に記憶が削れたんじゃないの?」

「え? そうなのか?」

「それしかないでしょ。あの時は本気で死んでもおかしくなかったし。まあ、そっちにも影響出てもおかしくない状態だったわよね」


 オルフェからしてみれば「キコリがドラゴンっぽくなった」だけで済んでいたのがおかしいくらいなのだ。それはそれとして「ほぼ人間だった」キコリに重大な影響が出ていて何もおかしくなかったのだ。

 前世の記憶なんていうどうでも良さそうなものが削れただけで済んだのは、むしろ幸運だったのではないかとすらオルフェは思う。


「よかったわね、消えたのがどうでも良さそうな記憶で」

「え、いや……いいのか?」

「何よ。そんなに役立つ記憶だったの?」

「そう言われると……」


 前世の記憶。役に立ったどころか悪魔憑きと言われた主因だ。

 むしろ忌まわしいものであったとすら言っていい。


「……いや、そんなに役には立たない……かな?」

「じゃあいいじゃない」

「まあ……そうだな」

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