話せば分かる

「あ、そうだ。町! 大丈夫なのか⁉」


 キコリが慌てたように窓を開けると、あちこちに崩れた建物が見えた。

 バタバタと人が走っている姿も見えて……襲撃者が消えたとしても終わりではない事を伺わせた。


「オルフェ。俺も色々と手伝いに行ってくる。どうする?」

「……一応ついてく」

「よし、行こう!」


 階段は壊れているので、キコリは2階の窓から飛び降りる。

 そうしてあちこち走り回り、救助活動に参加すると……終わる頃には、すっかり日が暮れていた。

 救助活動をしていた獣人たちも疲れ切った様子で座り込んでいるが……熊の獣人がキコリの横にどっかりと座ると、瓶を一本差し出してくる。


「差し入れだってよ。ジュースらしい」

「……ありがとうございます」

「話は色々聞いてるよ。災難だったな」

「いえ、俺は別に」

「ハッキリ言っていいんだぜ。獣人は馬鹿の集まりだってな」


 どう答えていいか分からず、キコリは近くを飛んでいるオルフェに視線を向けると……オルフェは肩をすくめて溜息をつく。


「やめなさいよ。今更そういうこと言われても何かの罠って思うだけよ」

「くっくっく……そうだな。実際、そういうことする奴もいるかもしれねえな」


 熊獣人は笑うと、自分の分の瓶の蓋を指で弾いて開ける。


「ずーっと昔の、自分の話でもねえことで普人と喧嘩してんだ。馬鹿じゃねえのかって話だ。しかしな……獣人なら皆、親に聞かされる話がある」

「……話、ですか」

「ああ。普人は俺等の毛皮剥いで飾るのが趣味だってな」

「毛皮って」

「実際、そういうことがあったらしい。王都にゃでっかい慰霊館があるよ」


 ギザラム防衛伯は、種族間戦争は千年以上前のことだと言っていた。

 ずっとずっと……遥か昔の話だ。

 しかしそうだからといって、それは。


「俺にゃ想像もできねえ。戦争が終わって親兄弟恋人が毛皮になって帰ってきて、よく正気を保てたもんだ」

「それが、今も尾を引いている……」

「未だに普人の中には獣人の毛皮を剥いでる奴がいるって噂も定期的に出るよ」


 勿論噂レベルの話だが、と熊獣人の男は付け加える。


「だが、噂でも怖いもんは怖い。そうだろ?」

「ええ、まあ」

「つまりは、そういうこった。皆してビビってんのさ。こういうもんは、ゆっくり解きほぐすしかねえ」

「俺に、何をしろって言うんですか?」

「何も」


 熊獣人の言葉に、キコリは思わず「えっ」と口を開けてしまう。


「言ったろ? 色々聞いてるって。誰も何も変わらねえ。必要なのは、その事実だけさ」

「じゃあアンタ、昔話しに来ただけ?」

「まあな。話せば分かる、ってよく言うだろ?」


 まあ、その通りではある。

 ギザラム防衛伯からも獣人側の事情は詳しく聞いてはいない。

 別に獣人の事情があるから何でもやっていいなどという話はない。あるはずもない。

 あの獣人たちのやったことは、許されるべきではない。


「しかしまあ、卑怯な話し方ではあったな。同情を誘ったみてえなもんだ」

「全くその通りだと思うけど」

「ちょ、オルフェ……」

「だな。もっと別の言い方もあったかもしれねえ。俺ぁ馬鹿だから思いつかんが」

「いえ、構いません」


 聞いておくべきだったことだと、キコリは素直にそう思う。

 獣人が普人に向ける感情の理由は、それで充分に理解できた。

 その上で、やはり初日の件は許せない。だから、キコリはそれを素直に伝えようとして。


「結局のところ、誰も彼もが過去しか見えてねえのさ。今も未来も、前にしかねえのにな」


 そう言って、熊獣人の男は立ち上がる。


「応援してるぜ。今のところ、この町の連中にとってはあんたが『普人』の実例だ」


 今や普人どころか人間ですらなくなってしまっているのだが、そんな事は言わず。

 キコリは黙って頷くのだった。

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