意味がないんだ

「普通を知らない……」

「ああ。考えてみれば俺もアリアさんに助けてもらうまではそうだった」


 そう、キコリ自身アリアの家に居候するまでは安宿暮らしだったのだ。

 今もギザラム防衛伯やジオフェルドの好意がなければ、何処かの宿に泊まっていただろう。

 だから、分かる。

 自宅の台所で料理をする冒険者など、居ないのだ。

 誰しも誰かの子供である以上、生まれた場所は存在するにせよ、それが専門の施療院であったりする者も多いだろう。

 冒険者を好き好んでやっているのは所謂普通の人生からドロップアウトした者であることには変わりなく、孤児院出身の者も非常に多い。

 恵まれていても両親が冒険者という者だって多い。

 上手くいけば農家の息子……まあキコリもそれにあたるが、調理場という「大人の領域」について詳しい記憶を持つ者も少なく、小さい村であれば共同調理場が設置されていることだってある。

 だから、より一層気付かない。


「いや、待て。此処が共同調理場のある町だったって可能性もあるか」

「探してみる?」

「……探してみよう」


 これだけ気温の高い場所だ。

 水が貴重で、井戸も少なく共同調理場が設置されていたという可能性もある。

 あるとすれば、町の中に幾つかあるはずだが……家を出て歩いて、しばらくウロウロしても……それらしきものは見当たらない。

 それは、つまり。


「なんだこれ。おかしいぞ……? こんな町で人間が暮らしてたっていうのか?」

「井戸1つないのは面白いわね。水飲まなきゃ死ぬんでしょ、人間」

「調べてないところにあるにしても、不便すぎる。こんな規模の町が出来るような場所じゃないだろ」


 そう、人間が暮らす町にしてはおかしい部分が多すぎる。だとすると……此処は一体何が住む町だったというのだろうか?

 キコリはオークの集落も見たが、こういうものではなかった。

 これは人間の町の造りに見えるし、此処から産出する各種のアイテムも人間用。

 ならば、人間の町のはずだ。なのに人間の町としてはおかしい部分が多い。


「そう、おかしいんだ。人間の町をあまり知らない奴が、それっぽく作ったみたいな……そんな感じがする」

「なんでそんなことする必要があるのよ。変でしょ」

「ああ。仮にこれがモンスターの仕業だとして、何のためにやるんだ?」


 人間をおびき寄せて殺す? それにしては温い。

 稼ぎ場として利用されているくらいなのだ。罠ならばもっとやりようがあるはずだ。

 人間の真似をした? 意味がない。

 だって此処には住人が居ない。

 暇つぶし? 誰が? どうやって?

 そもそも主人は誰だというのか?


「意味がないんだ。こんなものを作る意味がない。一番可能性があるのが『暇つぶし』しかない。だが……」


 こんなものを作る『暇つぶし』が出来る存在。

 それを考えると……ゾッとするような予想しか、出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る