なんで疑問形なのよ

「実際、何が変わるわけじゃない。ちょっと摩擦が少なくなる程度だろ?」

「うーん……まあ、そうかもしれないけど」

「気にする事でもないさ」


 そう言って笑うキコリを見て、オルフェは気付く。


(あー……やっぱり『前』とはなんだかんだ違うわね)


 いわゆる承認欲求的なものは、キコリの中からすっぽり抜け落ちている。

 精神的な余裕ができただけであって、精神構造が変わっているわけではない。

 キコリの中での獣人に対する評価というものは、昨日までと何ら変わりないのだ。


(満たされた……って感じなのかしらね。つまり今までは満たされてなかった……)

「後で抓るわ」

「え、なんで!?」

「ムカついたから」


 疑問符を浮かべるキコリだが、オルフェはツンとしたままだ。

 そして……こんな事を出来る程度には、状況に余裕もあったのだ。


「やっぱり前と全然違うな」

「前が異常だったってことでしょ」

「だよな。それにさっきの連中を見ても『今が正常』だって分かる」


 確かにこの状態が正常なのであれば、冒険者がたくさん出入りしているのも水商人がいるのも理解できる。

 安全というわけではないが、凄く危険というわけでもない。

 それが此処の「普通」なのだろう。だとすると……。


「此処は食堂、か?」


 看板の文字は読めないが、フォークとナイフの交差する絵を見れば何となく食堂なのだろうな、と理解できる。


「なんで疑問形なのよ」

「いや、だって読めないし」

「人間の文字でしょ?」

「俺の習った文字じゃないな」


 旧字とかそういうやつだろうか、とキコリは思う。

 まあ、読めないものは仕方ない。


「ふーん……でも食堂なんか入らないわよ」

「俺もやだ。包丁とかナイフとか目茶目茶飛んできそうだし」


 包丁、ナイフ、フォーク、スプーンに皿、各種の調理器具。

 そうしたものが全部「生きている」なら、正直敵の数はとんでもないだろう。

 特段の用事があるのでなければ、キコリもオルフェも近づきたくはなかった。


「けど、食堂っていうよりはレストランっぽいな」

「どう違うのよ」

「どうって、そうだなあ……」


 食堂の場合、あくまでキコリの見た範囲になるが……スイングドアであることが多い。

 そして窓を大きくとり、全体的に開放感がある。

 だが、此処は普通のドアであり、窓もそれほど大きくも多くもない。

 まあ、全ての食堂がそうというわけでもないし、単純にキコリの主観の問題ではある。


「ふーん……」

「何かあるのか?」

「ん? 別に。ただ……ちょっと中も見てみたくなったかなって」

「……分かった。行くか」

「だから嫌だってば。別にそこまで気にする話でもないわ」

「そうか?」

「そう」


 オルフェに言われると、キコリも急に気になってくるのだが……リスクを考えると、やはり「入らない」という選択肢が正しいのだろう。

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