そういう感じでもないけど
「今のは……」
「どしたの?」
近くに来たオルフェを見ながら、キコリは祈りの手をゆっくりと解き立ち上がる。
夢ではない。
流した涙の痕も、顔にはない。
まるで夢のようで。
身体の奥に、暖かいモノがあるような錯覚を覚える。
強くなったとか何か新しい力を得たとか、そういうものでは断じてない。
キコリ本人は、何も変わってはいない。
けれど、何かが満たされたような感覚がある。
「……なんでもないさ」
「そういう感じでもないけど。救われたみたいな顔してない?」
「!」
あまりにも的確過ぎる指摘にキコリは驚いて。
オルフェは何かを察してジト目になる。
「やっぱり何かあったんじゃない。どうして一端隠すのよバカ!」
「い、いや。どの道此処じゃちょっと」
「言い訳すんな! 吐け! あと謝れ!」
「いてて! 後で話すから! な!」
ビスビスと顔を突かれながら、キコリは笑う。
そう、オルフェの言う通りだ。
キコリは救われたのだ。それがどうしたと言われれば「それだけだ」と答えるような、それだけのこと。
けれど、キコリにとってはそれは大きなことだった。
欲しくても得られないものを得た。その重さはきっと、他の誰にも共感できやしない。
いや、神官に言えば何か理屈をつけて共感っぽいものをしてくれるかもしれない。
しかし、そんなものはキコリは欲しくはない。
これは信仰ではないからだ。愛は信仰とは違うものだからだ。
「とにかく行こう。な?」
「むー……何かしらね。この町に来る前と同じ感じの顔になったような……」
「オルフェはほんと凄いな……」
「アンタが分かりやすいのよ。ていうか、段々想像ついてきたんだけど。言っていい?」
「だから後で話すから。誰に聞かれてるか分かんないだろ?」
「じゃあ耳元で囁く?」
キコリの耳元でオルフェがこそこそと囁くと、その吐息も吹き込まれてキコリは思わず耳を押さえて飛びあがる。
「ちょっ……なっ!?」
「んん?」
「……やめてくれ」
キコリがオルフェを警戒するようにジリジリ距離をとると、オルフェは「……いいけど」と答える。
そのまま神殿の出口近くまで歩いて。
先程とは反対側に回ったオルフェが、キコリの耳に息をフッと吹き込む。
「っわあ!?」
「……そんなに耳弱いなら、常時兜被ってれば?」
「やめてくれって言っただろ!?」
「だからそっちの耳はやめたじゃない」
「どっちもダメだろ」
そんな事を言い合いながら、キコリとオルフェは家路を行く。
それはどうしようもなく、平和な光景で。
オルフェの口元にも、僅かな笑みが浮かんでいた。
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