誇れる自分で在るように

「選択……ですか?」


 竜神ファルケロスがキコリに与えた選択。

 それはキコリがドラゴンになるか、人に戻るかといったものだった。

 あの状況ではキコリはドラゴンになるしかなかったが……それを後悔はしていない。

 では、大神エルヴァンテの与える選択とは、一体何なのだろうか?


「キコリ。私はお前に今から2種類の選択を提示したいと思う」

「は、はい」

「1つ目。お前を苦しめた主因であり、しかし時としてお前を助けた前世の記憶の欠片。これを消去するか否かだ」


 前世の記憶。そんなものがなければ、キコリは悪魔憑き扱いされることなどなかっただろう。

 流れて冒険者になることも無かっただろう。

 普通の少年……キコリとすら名乗る事のない人生を過ごしていただろう。

 しかし、しかしだ。


「今更、そんな……」

「そう、今更だ。お前は同様の者達と比べても極端に生きるのが下手だった。いや……狡猾で度を超えた野望を持つ者ではなかった。異界の知識で歪な歯車を加える事など思いもせず、ただ1人苦しんだ。その魂に迷い子の記憶の欠片は合わず、これからも多くの場合で毒となるだろう。故に、此処で全て消去することを私は勧める」

「歪な歯車……では、何故前世の記憶を消さないんですか?」


 そのキコリの当然の疑問に、エルヴァンテは頷く。


「破壊に到る歪さは、世界に淘汰される。しかし、予想を超える好転をもたらすならば、それは許容されるべきだ。そうは思わんかね?」

「ええっと……前世知識で世界を便利にする分には別に構わない、と?」

「その通りだ。ただ、銃とかいったか。あれは精霊に酷く不評だ。過去に何十人何百人と作ろうと試みているが……1人の例外もなく精霊に見捨てられるか殺されるかの末路を辿った」

「は、はは……」


 そういえばそんな感じの記述が本にあったな、とキコリは思い出す。

 確か法則が違うとかどうとか、そんな事を「天才」が言ったのだったか。

 そうして頭が軽くリセットされると、キコリは自分が選ぶべき「答え」を見出す。


「俺は、この記憶を持ち続けます」

「何故かね?」

「確かに俺は前世の記憶で苦しみました。ですが……それが全てじゃない」


 そう、だからこそキコリはアリアに会えた。オルフェに会えた。

 今のキコリは前世の記憶があったからこそのキコリだ。

 それを、後悔した事は無い。


「俺は今の俺であること……『キコリ』であることを、貴方の前でも誇りに思えます。必死に生きて、生き足掻いて。それでも死にかけて、その度に助けられた。俺が選んで、俺が歩んできた道です。今更『キコリ』ではない誰かになりたいとは、微塵も思いません」

「だからこそ、もうその記憶は『キコリ』には不要とは思わんかね?」

「思いません。これは俺の始まりの傷だから。一生抱えて、一生苦しみます。貴方の慈悲に甘えて逃げようとは思いません」


 キコリがそう宣言すると……エルヴァンテは無言の後、優しげな笑みを浮かべる。


「そうか。私が余計な気を回したようだ。次はお前を人に戻すか聞こうと思っていたが……それも不要だな」

「はい。その……ドラゴンになってから武具の修理費用も掛からないので、地味に助かってるんです」

「ふ、ふふ……ははははははっ!」


 そこまで聞いて、エルヴァンテはもう辛抱できなくなったかのように笑い出す。


「はは、ははは! ファルケロス、ファルケロス! お前が戯れに力を与えた子は、こんなにも素晴らしいぞ!」

「え、ええ?」

「ファルケロス! どうせお前のことだ! もう飽きて見ていないのだろう!? お前はそういう子だ! だが見よ、この子の在り方はこんなにも愛おしい!」

「あ、あの……」


 天へと腕を広げ叫ぶエルヴァンテに、キコリはどうしたものかと悩むが……笑顔のまま、エルヴァンテはキコリへと向き直る。


「キコリ」

「は、はい」

「私はお前の行く末をしばらく見守りたいと思う」


 それは、なんだろう。

 ひどくプレッシャーのような気がするのだが、言えずにキコリは口元をヒクつかせる。


「その上で……私にお前が真摯に願う時、その望みを叶えるか検討しよう」

「……えっ」


 ちょっと凄まじい言葉を聞いてしまった気がして、キコリの思考は……思わず停止しそうになってしまう。


「そ、それは、その。ええ?」

「当然だが、全ての望みが叶うとは思わない事だ。たとえばお前が安易に『最強の力』とか、そういう類のものを願うような子になってしまうなら……私はこの出会いの記憶すら消してしまうだろうな」


 言われてキコリは、何となく言いたいことを理解する。


「それって……実質『何も望むな』と仰ってますよね?」


 自分の力を超える願いを望むなというのであれば、それは何も願ってはいけないのと同じであるようにキコリには聞こえてしまう。

 そして自分の力で叶えられる程度の望みであるならば、やはり願う必要はないだろう。

 それもまた、安易であるからだ。


「ふふっ……そうとは限らんよ」

「どういう意味でしょうか?」

「願わずにはいられない時もあるだろう。神よ、と唱えたい時もあるだろう。そんな時に確実に声が届くというのは……ある意味では救いではないかな?」


 そうかもしれない。

 けれど、違うかもしれない。

 頼りたくなってしまうけど、頼ってはいけない。依存してしまうから。

 けれど、確かにそこに居る。

 それは、まるで。


「ああ、そうか。貴方は俺に……」

「この世界の父親はお前を見捨てた。けれど、私がお前を父として見守ろう。故に、心せよキコリ。この父に誇れる自分で在るように」


 そうして、キコリの視界は歪み……気付けば、祈りの姿勢のままで元の場所に戻っていた。

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