恨むこともなく、望むこともなく

 そう考えると、キコリの中にも自然と「敬虔な気持ち」というものが湧いてくる。

 考えてみれば、まともに神様に祈った事もない。

 竜神には命を救われ力を貰った恩もあるというのに、考えてみれば随分と薄情なことだっただろう。

 恩にはそれ相応の返礼を。まあ、返礼が無理でも祈りくらいは捧げても良かったはずだ。

 キコリはその場に跪くと、竜神と大神に向けて祈りを捧げる。

 まあ、作法など知らないので「前世」の見様見真似になるが……こういうのは作法ではなく気持ちが大切なはずだ。


「神様……あなたがたのおかげで、俺は今日も生きています。感謝を」


 目を閉じて、祈りを捧げる。

 此処までの人生、振り返れば辛い記憶ばかりが蘇るが……それでもニールゲンに着いてからの生活は、悪いものではなかった。

 まあ、人間はやめてしまったが……それで何かが大きく変わったわけでもない。

 この世界に生まれ落ちて、これまでのこと、これからのこと。

 恨むこともなく、望むこともなく感謝する。

 何も望まないままに、ただ目を閉じて祈りを捧げて。

 目を開けると、周囲の景色が一変していた。


「!?」


 そこは美しい……あまりにも美しい花畑だった。

 地平線の先まで続くかのように色とりどりの花が咲き乱れ、その中に白い石畳の空間が存在している。

 そして……そこに、玉座が1つ。

 座っているのは、あの大神と思われる神像と全く同じ姿をした誰か。

 いや、あの人物こそが大神なのだろう。

 とても逆らい難い威厳のようなものをキコリは感じていた。

 それだけではない。

 理由などない。あるはずもない。

 何もないのに何故か、キコリは涙を流していた。

 まるで会いたかった大切な人に会えたかのような、永劫の時の果てにようやく望んだ再会を果たしたかのような。

 ただ、その場に跪いて。理由の分からない涙を流していた。


「愛しき我が子達の1人にして、哀れなる迷い子の欠片を持つ者よ。もう泣くのはよしなさい。お前がこの世界にある限り、私達はまた会える。この出会いは単なる私の気まぐれに過ぎないのだから」


 その言葉に、キコリの涙はスッと止まる。

 分からない。分からないが、そうあるべきと思いすらしたのだ。

 そして同時に、心の中で「この状況はおかしい」と警告する声もある。

 

「ふむ。ファルケロスの仕込みだろうが……警戒の必要はない。私は大神エルヴァンテ……この世界全ての父であり母である。故に全ては私の愛しき子等であり、愛に恵まれなかった子程、私の前では補完するように魂が愛を渇望するのだよ」


 それが先程の涙だということなのだろうか、とキコリは思う。確かに幸福な人生とは言い難いが……。


「あの、エルヴァンテ様」

「うむ、聞きたいことは山のようにあるだろう」

「では……!」

「しかし、私はそれに答えるつもりはないのだ」


 質問に答えるつもりはない。

 では、大神エルヴァンテは、一体何のためにキコリを此処に連れてきたというのだろうか?


「ファルケロスがそうしたように、私もお前に選択を与えに来た。その権利が、お前にはあるが故に」

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