ふざけんじゃないわよ

 走って、走り抜けて。生きている町を抜けて、その前の区域へと戻る。

 此処はソイルゴーレムだけが出る場所だ。安全ではないが、逃げる程ではない。


「ひとまず安心だな。あの町……なんで俺だけに」


 言いかけて、転移門から出てくる姿にキコリは「ん?」と声をあげる。

 剣と盾を構えた、全身鎧の何者か。

 何か急ぎの用事でもあったのだろうか、なんだか妙に……。


「!?」


 繰り出された横薙ぎの一撃をキコリは斧で防ぎ、しかしあまりのパワーにそのまま吹っ飛ばされるように地面を削る。


「ファイアアロー!」

「……」


 全身鎧は盾を輝かせると、オルフェの放った炎の矢を全て受けきる。


「邪魔をするな、妖精」

「ひっ……!?」


 全身鎧の放った威圧らしきものにオルフェが気圧され、キコリの背後まで飛んでくる。


「な、何こいつ!」

「……分からない」

 

 面当ての降ろされた兜の奥は闇のようなものが溜まっていて見えない。

 それもまた兜の効果なのかもしれないが……全身から、強い魔力が放たれていた。

 その全身をマジックアイテムで覆った剣士。そう考えるのが妥当だが……。


「……お前、誰だ?」

「問答は無用、疾く死ね」


 ゴウ、と振り下ろされる剣をキコリは斧で弾き、もう片方の斧を振るう。

 だが、それは剣士の盾に防がれて。瞬間、剣士の剣が強く輝く。

 何かマズイ。キコリはすぐに察知して距離を取るべく後ろへ飛ぶ。

 オルフェも即座に上空へと飛んで。


「フレイムスフィア!」

「ミョルニル!」


 イエティを焼いた巨大な火球を剣士へと叩き込む。キコリも斧に電撃を纏わせて。


「恨むなよ!」


 爆炎の未だ止まぬ中に、電撃纏う斧を投擲する。

 それは金属音と共に、激しい電撃を放って。爆炎の煙の晴れた先。

 そこには鎧を焦がし、同じく焦げた盾を構えたまま膝をつく剣士の姿。

 とてもではないが、生きているようには見えない。

 剣もその手から転がり落ちているが……こうして見ると、随分と高級そうな剣だ。

 柄に嵌った宝石も綺麗に磨かれており、しかも……。


「魔石……やっぱりマジックアイテムか。なんなんだ? こいつ……」

「……さっきは気付かなかったけど、そいつ人間臭くないのよね」

「生きている町のアイテムを着込んだのか? それにしては随分と魔石が綺麗な位置に嵌ってるけど」

「分かんない、けど」


 念のため警戒してはいるが、こうして見ていても動かない。

 やはり死んでいるということでいいのだろうか?

 さっきの戦闘が派手だったせいか、周囲から獣人の冒険者が集まり始めてきているし、そろそろこの無頼漢の正体を暴かなければならないだろうか?


「とはいえ、念のためって言葉もあるし……ミョルニル」


 キコリは再び斧に電撃を纏わせると、剣士の死骸に向かって投げる。

 それは鎧や兜にぶつかって剣士の死骸を地面に転がすと、再び電撃を叩き込んでいく。

 だが……鎧は壊れた様子はない。何処かのパーツが外れた様子もない。

 そして勿論、剣士の死骸が動き出す事もない。


「……? 何か、おかしくないか?」

「うん……なんていうか……」


 上手く言えないが、何かがおかしい。

 だが近づいて確かめるのは躊躇われる。

 もう一撃叩き込んでみるべきかとキコリが斧を構えた矢先、剣士の腕がピクリと動いて。

 キコリとオルフェが警戒した瞬間、剣士が起き上がる。


「この……!」


 ミョルニルを唱えようとした、その時。騎士とは全く別の方向からの刺突が、キコリの鎧を貫き腹を貫く。


「……え?」


 キコリの腹に刺さるのは、輝く剣。先程剣士が持っていたソレだ。

 剣はひとりでに動いてキコリを薙ぐと、そのままトドメを刺そうとして。


「わああああああああああああ!」


 怒りのままにオルフェが放った魔力波に吹っ飛ばされる。

 飛ばされる前に騎士の手に戻るが……関係ない。


「火でも電撃でも死なないなら……こうよ! フリーズアロー!」


 放たれた氷の矢を剣士は盾を輝かせ防ぐが……その盾ごと騎士の腕が凍り付く。

 剣もだ。切り払おうとした一発が凍り付かせた。


「フリーズアロー! フリーズアロー! フリーズアロー!」


 放たれた氷の矢が剣士を徹底的に氷漬けにして。

 オルフェはもうその方向を見もせずにキコリへとヒールをかけていく。

 そうして近づいてきた獣人の冒険者たちはキコリを見て「あーあ」と言ったり氷漬けの剣士を囲んで感心したような声をあげていた。


「ちょっと! 煩いわよ! 手伝いなさい!」

「無駄だよ。そいつ、もう死ぬだろ。そういう傷だ」

「死体を運ぶくらいはやってやるさ。此処に放置するわけにもいかねえしな」

「……! もういい!」


 ヒールを必死でかけて、オルフェはそれでも傷が癒え切らないことに苛立つ。


「ふざけんじゃないわよ! こんなわけわかんない死に方……許さないわよ!」


 血塗れのキコリに直接触れて、傷よ癒えよと必死でヒールをかけ続ける。

 キコリの血が自分につくのも構わずに、ヒールをかけて、かけて。


「……だい、じょうぶ。まだ、生きてる」


 そんな声が、キコリから聞こえてくる。


「大分、痛みも、引いた」

「感覚なくなってんじゃないの! ああ、もう!」


 ヒールをかけ続けながら、オルフェは周囲で見ている獣人の冒険者に叫ぶ。


「この役立たず共! 竜神官呼んで来いバカ! ぶっ殺すわよ!」


 蜘蛛の子を散らすように獣人の冒険者たちが逃げていって。

 何人かの蜥蜴獣人の神官たちが走ってくる頃には……キコリの傷は、ほぼ完全に塞がっていたのだった。

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