不幸な奴よね

 眠るキコリを、オルフェはじっと見ていた。

 今日は眠りが随分と深い。

 いや、前から……ドラゴンになった時から、その傾向はあった。

 1度眠ると、一定時間は余程のことをしないと起きなくなる。

 ただの人間には分からないだろうが……魔法に長けた妖精であれば、分かる。

 キコリの体内で慌ただしく動く魔力を。

 何かを調整するように流れる魔力を。

 自分の知っているドラゴンの知識、キコリから何となく聞き出したドラゴンとしての感覚。

 総合すれば、答えは1つ。


(適応しようとしてる。人間を振舞うのに適した形になろうとしてるのね)


 あのニールゲンとかいう街に居た時は、比較的安定していた。

 悪意などというものとは、ほぼ無縁であったからだ。

 キコリが「人間への興味」を失っても、それまでのやり方を踏襲することで、それまでのキコリと何も変わらない生き方が出来ていた。有体に言えば、人間に興味のあるフリが出来ていた。

 だが、此処は違う。悪意が渦巻き、誰かを陥れることも厭わない。

 人が人を破滅させ、人が人を殺す。

 その「在り方」に適応し、そういう場所で問題なく暮らせるカタチを得ようとしている。

 ドラゴンは常にその場所で快適に暮らせるように適応するから。

 キコリもまた、そうなろうとしている。

 その「先」もオルフェには想像がついている。

 キコリは……獣人を違うカテゴリーに入れようとしている。

 有益か、害悪か。そういう判断基準で振り分けるようになってきている。

 その先にあるものは当然、完全な「無」。

 対外的には何も感じさせないだろうが……「会話は出来る生き物」程度の扱いになることは間違いない。


「そうなった方が幸せとは思うけど。たぶん、そういうのは望んでないんでしょ?」


 オルフェはキコリに触れると、魔力を流し込む。

 キコリ自身はドラゴンではあるが、体内に所持している魔力の面でいえばオルフェが上だ。

 だからこそキコリの体内に魔力を流して「適応」を阻害する。

 といっても、キコリの意思に反するようなことは出来るはずもない。

 オルフェがやっているのは、キコリが望む「人間らしさ」を失わないように抵抗する、そのくらいのこと。


「獣人嫌い、程度で済むようには頑張ってあげるけど。あたしでどの程度出来るかしらね……!」


 たぶん全世界でオルフェにしか出来ない事だ。

 魔法に長け、魔力が豊富な妖精であるオルフェだからこそ、未熟なドラゴンであるキコリの相棒足り得る。

 人間の中で生きようとしているキコリを、そうなれるようにフォローできる。


「ぬぐぐぐぐぐ……!」


 しばらく魔力を流し続けると、オルフェは力を抜いてキコリの上にポトリと落ちる。


「ふー……どうにかなった。でもまあ、あの蜥蜴人間共が出てきたおかげではあるかしらね……」


 アレも獣人だ。だからこそ、キコリの中で獣人の扱いに対する天秤が揺れている。

 だからこそ、オルフェの抵抗も意味がある。

 なんだかんだで、キコリはもう人間ではなくドラゴンなのだ。

 本人が意識していないだけで、色々なものがすでに切り替わってきている。

 人間であろうとするドラゴンから人間として振舞おうとするドラゴンになる程度には、だ。


「……不幸な奴よね、アンタも。このまま人間の中に居ても、絶対幸せになんかなれないのに」


 それを、オルフェがキコリ本人に言う事はない。

 言ったところで、どうしようもないから。

「お前は人間社会では異物でしかない」なんて事実。突き付けたところで、誰も幸せになんてなれないから。

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