あたし達の家ってことでしょ

 冒険者ギルドを出ると、ジオフェルドが「さて!」と手を叩く。


「では、そろそろ行きましょうか」

「え? この後何かありましたっけ?」


 疑問符を浮かべるキコリにジオフェルドはハハハと面白そうに笑う。


「お忘れですか? キコリ様がイルヘイルに滞在する間の家の話ですよ」

「あー……そっか、そういえば。でも、もっと先の話だと思ってました」

「おや、ではご期待を超えられたといったところでしょうかね」


 楽しそうなジオフェルドだが、キコリとしては本当に驚きなのだ。

 ニールゲンでは宿をとるのも大変だったし、このイルヘイルでも然程事情は変わらないはずだ。

 尚且つ家となれば、もっと……。


「あっ、まさか」

「違います。流石に処刑した者の家をあてがうのは気が引けます」

「そ、そうですか」

「ハハハッ、そちらがお望みでしたらそうしますが」

「いえいえいえいえ!」


 首をブンブンと横に振るキコリに、ジオフェルドは再度笑う。


「では、こちらへどうぞ」


 そうしてキコリが案内された場所は……英雄門に比較的近い一軒家だった。

 この時間でも人通りが多く、治安も……まあ、初日で「ああ」だったので人が多いのが安全とは思えないが、治安も良い場所なのだろう。


「英雄門から近い場所は危険だからと不人気でしてね。意外と空いているのですよ」

「此処って戦う為の町じゃなかったかしら」

「仰る通りで。情けない事です」


 オルフェとジオフェルドはそう言うが、キコリはなんとなく分かる気もした。

 危険な場所に近いということは、何かあれば真っ先に壊れるという事。

 資産という観点で考えれば、歓迎したくない条件だろう。

 ……まあ、今回は借りるだけなので何の問題もないが。


「中の掃除と最低限の家具もご用意しています。好きに使ってください」

「ありがとうございます。本当に助かります」

「そう言っていただけると、防衛伯閣下に良い報告が出来ます」


 ジオフェルドはそこまで言うと、キコリに鍵を渡し……その表情を真剣なものに戻す。


「さて、キコリ様。明日からのことですが」

「あ、はい」

「私はもう必要ないでしょう。明日からはキコリ様の思うままに」

 そんな台詞にキコリは思わず「えっ」と声をあげてしまう。

「もう、ですか?」

「はい。むしろ足手纏いでしょう。随分遠慮されていたようですから」

「うっ……」


 確かにドラゴンを連想させる技は使わなかったが……どうにもその辺りを見抜かれていたようだ。


「な、なんか申し訳ありません」

「ふふふ、手の内を隠すのは普通の事です。ですが、もっと信用して頂けるように努めましょう」


 神殿にいつでも来てくださいね、と言うジオフェルドにキコリは「はい」と頷くしかない。


「魔石の回収依頼は明日からも出ますので、防衛伯閣下からは資金源にするように……とのお言葉を頂いております」

「ありがとうございます。俺が深く感謝していたことをお伝えください」

「勿論です。それではキコリ様、オルフェ様。私はこれで失礼いたします」


 一礼したジオフェルドが去っていくと、キコリとオルフェは手の中の鍵をジッと見る。

 その視線は、2階建ての家へと向けられて。


「早速入ってみるか」

「そうね。要は、あたし達の家ってことでしょ?」

「借家だけどな」


 自分達の家。その言葉に少しワクワクしながら、キコリはドアの鍵穴に鍵を差し込んだ。

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